知ってた? いまさらきけない宇宙の話 村沢 譲

第6回

なぜ人間は月に行くの?

更新日:2025/02/12

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 宇宙作家・村沢譲と宇宙好き漫画家・エミ先生の楽しい宇宙講座です。予備知識は一切不要!
 今回の話題は、「宇宙飛行士はかっこいいけど、何をするの?」


米田あゆ宇宙飛行士(左)、諏訪理宇宙飛行士(右)

初めて日本人が月に降り立つ!
 2024年10月、日本人宇宙飛行士候補者として約1年半の基礎訓練を受けてきた米田あゆさんと諏訪理(まこと)さんは、訓練を修了し、正式に宇宙飛行士として認定されました。現在二人は、アメリカのジョンソン宇宙センターを拠点として活動をしています。
 米田さんと諏訪さんが選ばれた宇宙飛行士募集がスタートしたのは、2021年12月のこと。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士候補者選抜試験は、書類選抜、第0次、第1次、第2次、第3次と5段階の選抜ステップがあり、約1年間かけて心身の健康状態、プレゼンテーションやコミュニケーション能力、運用技量など、宇宙飛行士に必要なあらゆる資質が審査されます。
 2021年の選抜では、前回までの「4年生大学(自然科学系)卒業以上」という学歴と専門性の条件が撤廃され、文系出身者でも応募が可能になりました。これは、より多様な人材を求めようとするJAXAの姿勢の表れといえるでしょう。
 そのためか応募人数は2008年の963人から4127人と、4倍以上に増加しています。
 この2000倍を超える倍率の中から選ばれた米田さんと諏訪さんに期待されているのが「日本人初の月面着陸」です。
 日本とアメリカの両政府は、月面探査計画「アルテミス計画」で、日本人宇宙飛行士2人が月面に着陸することで合意しています。
 アルテミス計画とは、アメリカが主導している有人月着陸計画で、すでにNASA(アメリカ航空宇宙局)の「アルテミス1号」は、2022年11月に打ち上げられ、無人の宇宙船「オリオン」が、月を回って地球に帰還することに成功しています。
 続いて2026年4月以降、アルテミス2号が打ち上げられ、4人の宇宙飛行士を乗せたオリオンが月を回って地球に戻ってくる予定です。さらに2027年半ば以降にはアルテミス3号が打ち上げられ、宇宙飛行士が月面に着陸することになっています。
 これが成功すれば、人類が月面に着陸するのは、1972年のアポロ17号以来55年ぶりのことになります。
 それ以後は、定期的に月面に宇宙飛行士が送られ、そのうちの2回で日本人宇宙飛行士が月面に降り立つことになったのです。日本人が月に行くのは、もちろん初めて。月面にアメリカ人以外の宇宙飛行士が降り立つのも初めてのことになります。
 日本人宇宙飛行士の中で誰が月へ行くのかは、現時点では決まっていませんが、米田さんと諏訪さんは、月面着陸に向けた訓練も行っており、可能性があるといえるでしょう。

冷戦が生んだ世界初の月着陸「アポロ11号」
 これまで行われてきた有人月面着陸の歴史を振り返ってみましょう。
 人類が最初に宇宙空間に飛び出したのは、今から60年以上も前、1961年4月12日のことでした。宇宙船ボストーク1号に乗ったソ連(現在のロシア)の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンが約1時間50分の宇宙飛行を行い、地球を1周しました。
 一方、アメリカは「1960年代のうちに人間を月に着陸させて無事帰還させる」ことを目標に「アポロ計画」をスタートさせます。
 1968年には、3人の宇宙飛行士を乗せたアポロ8号が打ち上げられ、初めて月を回って地球に帰還することに成功しました。
 続いて1969年7月16日、世界初の月着陸を目指してアポロ11号が打ち上げられました。宇宙船に乗り込んだのは、ニール・アームストロング、バズ・オルドリン、マイケル・コリンズの3人です。
 7月20日、月を回るアポロ宇宙船にコリンズを残し、月着陸船「イーグル」に乗ったアームストロングとオルドリンは、月面の「静かの海」に着陸。アームストロングは左足を月面に降ろし「これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」という言葉を残しました。これが、人類が地球以外の天体に降り立った最初の瞬間でした。
 しかし、アポロ12号以後、月面着陸の成功が何度も続くと、人々の関心は次第に薄れていき、莫大な予算を必要とするアポロ計画は、予定されていた20号までの打ち上げを繰り上げ、1972年のアポロ17号で終了することになりました。
 アポロ計画によってこれまで月に行ったことがある人間は、事故によって着陸できずに月を回って帰還した13号を除いて、11号から17号まで12人にすぎません。
 NASAはアポロ以後、人間による月や火星探査を視野に入れた計画を立てていました。しかし費用がかかる宇宙開発は批判を浴びるようになり、計画は大幅に縮小され、再使用が可能で低コストの宇宙輸送機「スペースシャトル」の開発に移行します。
 スペースシャトルは、高度300~400㎞の宇宙まで人間や人工衛星、実験機器などを運ぶ宇宙機ですが、宇宙に滞在できる期間は、最長で2週間程度でした。
 そこで宇宙空間で長期間にわたって生命や材料、化学などの実験を行い、無重力状態が人間に与える影響なども調べられる施設として建設されたのが、国際宇宙ステーション(ISS)です。
 国際宇宙ステーションの建設は、2度にわたるスペースシャトルの事故によって大きく遅れましたが、2011年のスペースシャトルのラストフライトで完成。現在もさまざまな実験などが行われています。
なぜ再び月に行くのか?
 アルテミス計画の月面着陸は、まず無人の月面着陸機を打ち上げ、月を周回させておきます。次に宇宙飛行士が乗ったオリオン宇宙船を打ち上げ、月の周回軌道上で着陸機とドッキング。宇宙飛行士たちは着陸機に乗り換えて、月面に降りていきます。
 月面でミッションを終えた宇宙飛行士たちは、着陸機に乗り込んで月面から離陸。上空のオリオン宇宙船とドッキングして宇宙船に乗り換え、地球に帰還します。
 アポロ計画の場合、月面の滞在時間は最長で3日ほどでしたが、アルテミス計画では、将来的に長期間にわたって月に滞在できる拠点の建設などが計画されています。さらに月を回る軌道上に「月周回有人拠点(ゲートウェイ)」という宇宙ステーションを建造し、月面に人間やさまざまな物資を運ぶ拠点とする計画もあります。
 そして月面に長期滞在できるようになったあと、人間を火星に送ることも計画されています。
 一方、アメリカと肩を並べるくらい月探査に力を入れているのが中国です。
 2019年には世界で初めて無人探査機「嫦娥(じょうが)4号」を月の裏側に着陸させることに成功。2024年には、無人の「嫦娥6号」が、世界で初めて月の裏側から岩石を採取し、地球に持ち帰っています。
 さらに中国は、2030年までに中国人初の月面着陸を実現させ、2035年までにロシアなどとともに「国際月研究ステーション(ILRS)」という基地を月の南極に建設することを計画しています。

 月の探査や岩石を持ち帰るだけなら、無人探査機でも十分その目的を果たすことができます。最初の月着陸から半世紀以上も経った今、人類は、なぜ再び月に降り立とうとしているのでしょうか?
 それはズバリ「地球以外の天体への移住の可能性を探る」ことです。
 私たちはこれまでの宇宙開発の中で、宇宙空間で長期間暮らすために必要なさまざまな知見を得てきました。それらを活かして、私たちは月や火星といった地球以外の天体で、長期間生活することができるのでしょうか。もし可能ならば、人間の活動範囲は飛躍的に広がっていくでしょう。その可能性を探ることが、人間が再び月に行く理由のひとつだといえます。
 月に行くこと自体が大きな目的だったアポロ計画との違いは、そこにあります。月はひとつのステップにすぎないのです。

著者プロフィール

村沢譲(むらさわ ゆずる)

青山学院大学卒業。ライター、作家。宇宙関連の著作の他、JAXAウェブページのインタビュー記事や「オデッセイ」「宇宙兄弟」など宇宙を舞台にした映画の解説を執筆。主な著作に『宇宙を仕事にしよう!』(河出書房新社)、『世界一わかりやすいロケットのはなし』(KADOKAWA)、『月への招待状』(インプレスジャパン)などがある。

高田エミ(たかだ えみ)

1963年生まれ。北海道出身。漫画家。1982年「りぼんオリジナル早春の号」(集英社)に掲載の「スーパー☆レディ」でデビュー。以後、少女漫画雑誌「りぼん」で長く連載を続ける。代表作に「ねこ・ねこ・幻想曲(ファンタジア)」「ジェニファー」他。子供の頃から大の星好きで、星の図鑑や星座盤を片手に、よく夜空を見上げていた。

イラスト©高田エミ/集英社

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