宇宙作家・村沢譲と宇宙好き漫画家・エミ先生の楽しい宇宙講座です。予備知識は一切不要!
今回の話題は、「人間が作った星、人工衛星は働き者!」
第5回
地球のピンチに大活躍! 人工衛星って何?
更新日:2025/01/15
- 人工衛星はなぜ落ちてこない?
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地球や天体の観測、放送・通信など、さまざまな目的のために打ち上げられているのが人工衛星です。国際宇宙ステーションも人工衛星のひとつといえます。
日本は、ここ十数年ほどを思い返してみても、地震、豪雨、台風、土砂災害、津波、火山噴火などのさまざまな自然災害が発生しています。そして災害に対して、予測や減災のために使われているのが、宇宙からの目、人工衛星なのです。
そもそも衛星とは、なんでしょうか。衛星は、惑星のまわりを回っている天体のこと。
地球の衛星といえば、そう、月です。
17世紀の物理学者ニュートンは、リンゴが木から落ちるのを見て「リンゴは地表に落ちるのに、なぜ月は落ちてこないのだろう」と考えました。そしてこの疑問が、「万有引力の法則」の発見につながったといわれています。
リンゴのかわりに野球のボールを考えてみましょう。
プロ野球の投手が、地面と水平に時速160㎞のボールを投げたとします。ボールはある程度飛んで、やがて地面に落ちます。しかし、ボールの速度を上げていくと、飛ぶ距離はどんどん長くなっていき、やがてある速度に達すると、落ちてこなくなって、地球の周りをぐるぐる回るようになります。
ボールは、どこまでもまっすぐ飛ぼうとするのですが、地球の重力に引っぱられて、丸い地球の表面に沿って地球の周りを回るようになるのです。これは、ボールが地球に落ちつづけている、と考えることができます。
月や人工衛星もこれと同じです。地球に落ちつづけているのですが、非常に速い速度で前に進んでいるので、地球の周りをぐるぐる回って、落ちてくることはないのです。
空気抵抗がない場合、地球の表面ギリギリを回りつづけるのに必要な速度は、秒速約8㎞。時速にすると約2万8800㎞という猛スピードです。ジェット旅客機の速度は時速約900㎞ですから、その30倍以上の速さになります。
人工衛星が飛行している宇宙空間には、ほとんど空気がないので、一度この速度に達してしまうと、ロケットのようにエンジンを噴射しなくても、地球を回りつづけることができます。
この速度だと、地球を1周するのにかかる時間は約90分。国際宇宙ステーションのクルーたちは、90分に1回、1日(24時間)に16回も日の出や日没を見ていることになります。
- 日本周辺の天気を見守る「気象衛星」
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人工衛星が地球から遠くへ離れれば離れるほど、重力の影響が小さくなるので、より遅い速度で地球を回ることができるようになります。
地球から約3万6000㎞離れると、人工衛星は約24時間で地球を1周するようになります。これは、地球の自転周期と同じです。この人工衛星を地上から見ると、いつも同じ場所に止まっているように見えるので、「静止衛星」と呼びます。静止衛星とは、静止しているのではなく、地球の自転と同じ周期で地球の周りを回っている衛星のことなのです。
静止衛星が飛行するのは、 赤道の上空だけです。それ以外では軌道が南北にずれて、北半球と南半球を行ったり来たりするようになってしまいます。
静止衛星のメリットは、地球の表面の約4割という広い範囲を一度に観測できること、いつも同じ地域を観測できること、地上と安定した通信を行えるといったことなどで、気象衛星や通信・放送衛星として利用されています。
わたしたち日本人にとって、もっともなじみ深い気象衛星は「ひまわり」でしょう。1977年に初代「ひまわり」が打ち上げられ、現在は「ひまわり9号」が運用中です。「ひまわり」は、台風や線状降水帯などの予測に必要な観測データを日々、テレビや新聞の天気予報、防災気象情報としてわたしたちに届けてくれています。
その一方で、静止衛星は赤道上空を飛行しているため、北極・南極や高緯度の地域の観測はできません。また「ひまわり9号」の空間分解能(どれくらいの大きさまで、地上の物体を見分けることができるかを示すもの)は、0.5㎞~2㎞ほどなので、災害による地形の変化や洪水・津波などによる浸水の様子などを細かく観測することも難しいのです。 -
2024年9月 地球観測衛星「だいち4号」の打ち上げ(種子島宇宙センター) ©JAXA
- 地球をくまなく観測する「地球観測衛星」
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災害の被害を少しでも軽くするのに大切なのは、被害状況を一刻も早く把握することです。そのために利用されているのが、地球をくまなく観測している「地球観測衛星」です。地球観測衛星は、高度約400~1000㎞を飛んでいるため、静止衛星より詳しい観測をすることができます。
現在運用中のJAXA(宇宙航空研究開発機構)の「だいち2号」「だいち4号」は、高度約628㎞で空間分解能は3mなので、地震や火山活動などによる地表の変化を細かに観測することが可能です。
多くの地球観測衛星が利用しているのが「太陽同期準回帰軌道」という軌道です。名前を聞くと難しそうですが、静止衛星が赤道上空を回るのに対し、この軌道は、北極・南極の上空を通って地球を縦に回る「極軌道」という軌道のひとつです。
人工衛星が縦に回っている間、地球は自転しているので、地球全体を観測することができます。また、この軌道の場合、人工衛星が一定の期間ごとに同じ場所に戻ってくるので、地形の変化などを知るのに適しています。
人工衛星の多くは、西から東に回っている地球の自転速度を利用するため、東に向かって打ち上げますが、「極軌道」の地球観測衛星は、南に向けて打ち上げます。
災害の状況の把握や被害を最小限に抑えるハザードマップの作成などを目的に初代「だいち」が打ち上げられたのは2006年1月のこと。2011年3月に東日本大震災が発生した際に「だいち」は、被災地を中心に広い範囲の被害状況を緊急観測。その後、特に津波被害が大きかった沿岸部を中心に観測を行いました。
「だいち」の後継機である「だいち2号」は、2016年の熊本地震の際に地殻変動を観測、未知の断層を発見しています。最近では2024年1月に石川県で発生した能登半島地震で緊急観測を行い、地殻変動の解析を行いました。
- 地球温暖化を監視する「宇宙からの目」
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近年、これまでなかったような大雨をもたらし、水害や土砂災害などを引き起こしているのが異常気象です。異常気象の原因は地球温暖化だと考えられています。地球観測衛星は、温暖化に影響を与える温室効果ガス、大気中の微小な粒子(エアロゾル)などの観測にも利用されています。
気候変動観測衛星「しきさい」は、地球全体の森林や海の様子を観測し、将来の気温上昇の正確な予測に必要なエアロゾルの影響や、生物の二酸化炭素吸収能力、地表や海面の温度などを調べています。
温室効果ガス観測衛星「いぶき2号」は、二酸化炭素、一酸化炭素、メタンといった温室効果ガスの地域による濃度差、季節や年による変化、排出源などを観測しています。
2024年5月に打ち上げられた衛星「はくりゅう(アースケア)」は、気候変動予測の大きな不確実要因になっている、雲やエアロゾルの量や動きを観測し、気候変動予測モデルの精度を向上させることが期待されています。
このように、人工衛星の「宇宙からの目」は、今も地球を回りながら、さまざまな災害に対して監視の眼を光らせているのです。
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- 著者プロフィール
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村沢譲(むらさわ ゆずる)
青山学院大学卒業。ライター、作家。宇宙関連の著作の他、JAXAウェブページのインタビュー記事や「オデッセイ」「宇宙兄弟」など宇宙を舞台にした映画の解説を執筆。主な著作に『宇宙を仕事にしよう!』(河出書房新社)、『世界一わかりやすいロケットのはなし』(KADOKAWA)、『月への招待状』(インプレスジャパン)などがある。
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高田エミ(たかだ えみ)
1963年生まれ。北海道出身。漫画家。1982年「りぼんオリジナル早春の号」(集英社)に掲載の「スーパー☆レディ」でデビュー。以後、少女漫画雑誌「りぼん」で長く連載を続ける。代表作に「ねこ・ねこ・幻想曲(ファンタジア)」「ジェニファー」他。子供の頃から大の星好きで、星の図鑑や星座盤を片手に、よく夜空を見上げていた。