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Nonfiction

読み物

馬の帝国 星野博美

第1回 「火の馬」

【後編】

更新日:2020/04/29

 さて、私が丙午に対する印象をいくぶん改めるようになったのは、香港がきっかけだった。
 私は1986-87年、1996-98年と、計3年弱香港に住んだことがある。
 交換留学生だった80年代には、言葉を覚えることと異文化に慣れることに必死で、現地の風俗習慣に注目する余裕がなかった。10年ぶり2回目の滞在の際は、低所得者層の高齢者が多く暮らす深水埗に住んだこともあり、日々の生活の中で暦を感じる機会が多かった。

2019年の端午節に香港仔(アバディーン)でおこなわれたドラゴンボートレース。©星野博美

 人の生活を知らず知らずのうちに支配する暦。香港では旧暦が生活の中に息づいていた。周知の通り、中華圏では正月を旧暦で祝う。春節が近づくと、新しい年を司る動物をあしらった様々な商品が路上に並び、それはそれは愛らしい。十二支に対するこだわりは、日本より強いかもしれない。春の訪れを感じて地中から木の芽がふき、虫が一斉にうごめき始める3月6日ごろ(以下、日付はすべて旧暦)は啓蟄。「打小人(ダーシウヤン)」といって、呪いをかけたい相手の写真や情報を書いた紙をサンダルの底で打ちつける、呪いの日である。一族で集まり、墓参りをしてにぎやかに会食をする清明節(4月5日ごろ)。海や運河でドラゴンボートレースが繰り広げられる端午節(5月5日)。団地や寺廟の前に急ごしらえの舞台が作られ、夜通し粤劇(広東オペラ)が上演される、日本のお盆にあたる盂蘭節(7月15日)。月餅を贈りあい、家族や友人と山に登って月を愛でる中秋節(8月15日)……。
 旧暦の時間軸が体内に存在しない私は、路上でおばあさんたちが紙銭を燃やしたり、近所の団地に突然舞台が出現したりして初めて、旧暦の何かが近づいていることを認識した。そして慌てて、見よう見まねで祝いグッズを買ったり、それを部屋の扉に貼りつけてみたりして、彼らと時間を共有しようとした。しかしいくらがんばっても、体内に存在しない暦をもとに、心から喜んだり恐れたりすることはできなかった。

香港で生き続ける迷信

 香港が中国に返還される1997年の前半、私はシェリーという学生時代からの友人と頻繁に会っていた。彼女はその時妊娠中で、予定日は、香港が中国に返還される7月1日の直前だった。
 彼女は、妊娠にまつわる様々な迷信を教えてくれた。妊婦はカニを食べてはいけない。赤ちゃんが前に歩けず、横歩きするようになるから。エビも食べてはいけない。赤ちゃんの背中が曲がるから。滋養強壮によいとされ、香港では冬によく食べる蛇も、妊婦には御法度だ。赤ちゃんにウロコが生えるから。
 失礼は重々承知しつつ、私は爆笑しながら聞いていた。彼女は「私だって信じていないよ! でも姑がうるさいし、万一を考えて食べていない」と言った。
 こんな話もしてくれた。香港では風水や八字(誕生した年、月、日、時間を干支で示したもの)を重視し、それをもとに吉凶を占う人が多い。それがエスカレートし、生まれてくる子を最強の運勢にしたくて、その日時を事前に予約し、帝王切開で産んでしまう強者もいるのだ、と。
 これにはたまげた。自然界の森羅万象を読み解くために古代中国人が生み出した陰陽五行説をも、人工的にコントロールしようとする香港人。自分の都合に合わせて伝統的価値観と超合理性を駆使する、その新旧いいところどりが、実に香港らしい。
「私は自然に任せるよ。それにいま気になるのは八字より、返還前に出産できるかどうか。6月中に生まれれば、この子はBNO(英国海外市民)パスポートが申請できるの」
 香港で人気がある年は、日本の亥年にあたる猪(豚)年だという。豚は多産で知られ、子孫繁栄と商売繁盛を連想させるからだ。逆に人気のない年はないのかと尋ねると、彼女はしばし考えこみ、「特にないと思う」と答えた。
 私は返礼のつもりで、日本における丙午の迷信を紹介した。300年前、女の子が恋人に会いたくて放火して、江戸が焼けて、捕まって処刑されて……話が終わらないうちから、彼女は笑い出した。
「だってその子がその年に生まれただけでしょ。すごい迷信だね。気にしなくていいよ」
 カニやエビや蛇を食べるのを忌避する彼女から言われたくない気がしたが、その時気づかされた。そうか、この迷信は日本限定なのか。本家本元の香港人に「気にするな」と言われたら、丙午迷信の威力が格段に下がったような気がしたのである。
 日本から一歩外に出ただけで、私は丙午の迷信から解放された。信じていなかったつもりでも、やはり心のどこかで重荷を背負っていたことを、その時実感したのだった。

かくれ丙午

 せっかく陰陽五行説に興味が湧いたので、家族(すでに他界した祖父母、両親、2人の姉)の干支を調べなおしたくなった。
 うちは2人の姉を除く5人が早生まれ。旧暦の正月は1月半ばから2月半ばの間に来ることが多い。その年の春節がいつ来るかによって、干支がずれる可能性がある。香港暮らしを経ると、誕生日を旧暦に換算して干支を割り出さないと気持ちがわるくなるから、おかしなものである。
 ここまで丙午の話題を引っ張っておいて、巳年だったらどうしよう? この連載も、土台そのものが揺らいでしまうではないか。一抹の不安を抱えながら、自分が生まれた1966年の旧暦をおそるおそる調べ始めた。
 私の誕生日は、旧暦でも丙午だった。よかった! 丙午に属すことに、これほど喜びを感じたのは初めてだ。
 私と誕生日が同じである父も、変わらなかった。
 一方、1月生まれの祖父母と母の干支は、前年に属すことが判明した。すでに他界した祖父母はさておき、母は自分が亥年だと思って85歳まで生きてきた。それを「中国方式では戌年ですよ」などと、お節介を言うべきなのだろうか。悩むところだ。そっとしておこう。
 驚いたのは祖母である。祖母は明治40年の1月初旬生まれで、旧暦に換算すると前の年に属する。前年の干支はというと……丙午ではないか!
 祖母はかくれ丙午だったのか……。母親と娘の、ダブル丙午に挟まれた父が、そこはかとなく哀れに思えた。
 あと6年もすれば、あらたな丙午が日本に誕生する。待ちに待った仲間を、諸手を挙げ、温かく迎えたいものである。

著者情報

星野博美(ほしの・ひろみ)

ノンフィクション作家、写真家。1966年、東京生まれ。『転がる香港に苔は生えない』(文春文庫)で第32回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『コンニャク屋漂流記』(文春文庫)で第63回読売文学賞「紀行・随筆」賞受賞。主な著者に『島へ免許を取りに行く』(集英社文庫)、『戸越銀座でつかまえて』(朝日文庫)、『今日はヒョウ柄を着る日』(岩波書店)、 『愚か者、中国をゆく』(光文社新書)、『みんな彗星を見ていた─私的キリシタン探訪記』『謝々! チャイニーズ』『銭湯の女神』『のりたまと煙突』(いずれも文春文庫)などがある。

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