旅から生まれた名画 中野京子

第3回

旅の守り

更新日:2024/04/24

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 旅に危険がつきものだということは、はるか昔から世界中が重々承知していた。だから旅程を確認し、できるだけ同行者を求め、「旅の神」や「旅の守護聖人」に祈り、護符を持ち、トラベル保険にも入るのだ。信心深い日本人なら道祖神(どうそじん)に手を合わせたであろう。ちなみに道祖神とは、集落の守り神にして交通安全の神。具体的には路傍に立つ石像だ。

 また日本における「旅の神」はサルタヒコノオオカミ(猿田彦大神)なので、旅立つ前に猿田彦を祀った神社(全国に二千社ほどある由)にお参りする人もいるだろう。

 身長が七尺(二メートル以上)、鼻の長さが七咫(天狗のイメージ)、目がサーチライトのごとく光り輝くこの怪異な神が、なぜ「みちひらきの神」の異名を取り、旅や旅人の安全を守ると信じられるようになったかは、『古事記』と『日本書紀』にこう記されている。

 ――アマテラスオオミカミ(天照大御神)の孫であるニニギノミコト(瓊瓊杵尊)が、随伴者たちと高天原(たかまがはら)から地上の葦原中国(あしはらのなかつくに)に向かう途中、十字路に立って一行を待ち、道案内をしたのが国津神の猿田彦であった。

 この道案内神話のエピソードはやがて道祖神信仰と融合し、各地の道祖神が猿田彦神と見なされることにもなった。ダンスの上手なアマノウズメノミコト(天宇受売命)を妻にするなど、彼には逸話も多い。手塚治虫の漫画『火の鳥』にも猿田彦は魅力的な副主人公として登場し、古代から宇宙時代まで幾度も転生をくり返し、数奇な運命をたどっていた。


 さて、このように日本の旅の神は容貌魁偉の逞しい壮年ないし老年の大男だが、ギリシャ神話の旅の神ヘルメスとなるとずっと若い。翼付きの帽子までかぶっている。ほんとうに空を飛べそうな気分にしてくれるこの帽子は、現代に至るまで小さな男の子を魅了してやまない。

 ギリシャ神話の神々はローマ神話の神々と同一視されていったので、ヘルメスもローマ名を持つ。それはメルクリウス(英語発音はマーキュリー)、つまり水星と水銀だ。両者とも動きの速さで知られる。当然ヘルメスも俊足の神とされ、他の神々の伝令役になって天と地を自在に行き来することから旅の守り神ともなった。同時に商業と泥棒の神だというのが面白い。どちらも旅に付きものではあるが。


クロード・ロラン『アポロンとヘルメスのいる風景』 1660年 油彩・キャンバス 104×138.5cm ウォレス・コレクション(イギリス) 写真提供/アフロ

 ヘルメスの赤子時代のエピソードは有名だ。

 彼は主神ゼウスと春の女神マイアの子で、おぎゃあと生まれたのが午前中で、その日の午後には早くもひとりで揺り籠から抜け出している。片時もじっとしていられないヘルメス、最初の旅だ。向かった先は太陽神アポロンの牛舎。そこから五十頭もの牛を盗み出した。

 その際、抜け目なく証拠も消しておいたため、しばらくアポロンは誰の仕業かわからなかった。占いで犯人が腹違いの弟と知って驚き呆れ、且つ怒ったが、へルメス坊やは悪事が露見しても慌てるどころか、堂々と交換条件を出す。自分が作った竪琴をやる代わりに牛をこのままもらうというのだ。したたかなビジネス・センス(?)ではないか。

 この牛泥棒のシーンをフランス人画家クロード・ロラン(1600頃~1682)が『アポロンとヘルメスのいる風景』に描いている。


クロード・ロラン『アポロンとヘルメスのいる風景』(部分) 写真提供/アフロ

 風景画と歴史画を合体させるユニークな趣向を得意とする画家だけあり、本作も雄大な自然の点景に神話のエピソードをうまく溶け込ませている。前景でのんびり縦笛を奏でるアポロン、その背後ではヘルメスが猛烈な勢いで牛を追い込んでいる。この絵で見る限り、どうやらヘルメス坊やは半日で少年に急成長したようだ。

 ゼウスはヘルメスの能力を買い、かつ可愛がり、いっしょに人間界への旅に出た。

 神とは知られぬよう、貧しい旅人に身をやつしての父子行脚だ。途上での出来事を、オウィディウスの『変身物語』がこう語る――

 旅人を装った二神が夜遅くフリギア(現トルコの一部)の町に着き、一宿一飯を求めて家々の戸を叩いたが皆知らんふりだった。しかし町外れのあばら家に住む老夫婦フィレモンとバウキスだけが、戸を開けて招き入れ、彼らの足を洗い、あるだけの食事を用意して歓待した。

 そのうち夫婦はいくら注いでもワインが減らないので、相手が人間ではないと気づく。そこでゼウスは正体を明かし、老夫婦を高台へ連れて行った。見下ろすうち町は水没し、夫婦の家は大理石の神殿に変わる。ゼウスから何か願いはないかと問われた老夫婦は答えて曰く、これからは神殿の番人として働き、死ぬ時は夫婦いっしょがいい、と。

 願いは叶えられ、数年後、フィレモンとバウキスは神殿の階段に座って話をしている最中、共に静かに息を引き取った。同時に二人は樫と菩提樹に変身し、神殿を取り囲んだという。


アダム・エルスハイマー『フィレモンとバウキスの家でのゼウスとヘルメス』 1608/1610年 油彩・銅板 16.5×22.5cm ドレスデン国立古典絵画館(ドイツ) 写真提供/アフロ

 物語の前半、神のお忍び訪問という珍しいテーマを取り上げたのは、ルーベンスやレンブラントにも影響を与えたドイツ人画家アダム・エルスハイマー(1578~1610)だ。彼の『フィレモンとバウキスの家でのゼウスとヘルメス』を見てみよう。

 若死にしたため作品数の少ないエルスハイマーだが、得意分野はキャビネット絵画、つまり注文主の書斎を飾るための小型細密画だった。本作も約17×23センチと小さく、銅板に油彩で描かれている。

 典型的な田舎家の空間。階段はなく、二階へあがるための梯子が立てかけてある。主な光源はテーブルの端に置かれた灯火(魚油を使っているのだろう)だ。粗末な服を着たゼウスは横顔を見せることで、現地フリギアの者ではないことを鑑賞者に示す。額から鼻先まで一直線にのびたギリシャ鼻だからだ。

 面面右では、奥の部屋から何か運んでくるフィレモン、毛布を差し出すバウキス、右下には魚や燻製、野菜などの食材が見える。

 だが光と影の対比著しい本作で、何より目立っているのがヘルメスだ。

 翼付き帽子をかぶった少年ヘルメスは、灯火の明かりを存分に浴び、素足をぶらぶらさせながら老バウキスに目をやる。いかにも動作がすばしこく、頭の回転もよさそうな、いたずらっ子風だ。しかも年齢のわりに大物感も漂わせている。このヘルメスなら赤ちゃん時代に牛泥棒をやってのけてもおかしくはない。今回もゼウスを老夫婦の家へ導いたのは、あんがい計画的だったやもしれぬ。


 神話ばかりでなくキリスト教においても、旅の安全は重要事項だった。信者たちが布教や巡礼といった長旅に大きく関わっているからだ。かくして「旅の守護聖人」という概念が生まれ、それに当たるのが聖クリストフォロス(英語では聖クリストファー)ということになった。旅行者、巡礼者、船頭や運転手など輸送関係者全般を守護するという。

 カトリックにおける「聖人」の認定は厳密で、ローマ教皇庁から列聖されなければならない。列聖の基本条件は、その人が奇蹟を起こした証拠があること、殉教したこと、という二点だ。東方教会はそれほど厳密ではなく、プロテスタントは一般に聖人に対して懐疑的だ。そんな中、聖クリストフォロスは珍しいことに、三者から認められた聖人である(プロテスタントは会派が多いので認めない派もあるが)。


ルーカス・クラナッハ『聖クリストフォロス』 1518~1520年 油彩・板 41.9×27.9cm デトロイト美術館(アメリカ) 写真提供/アフロ

 聖クリストフォロスの伝承は語る者によってさまざまなので、絵画も画家によって多様な解釈がとられる。宗教改革者ルターの親しい友人であり、協力者でもあったドイツ人画家ルーカス・クラナッハ(1472~1553)作『聖クリストフォロス』に従って、この聖人の一生をざっと辿ると――

 聖クリストフォロスのもとの名は、レプロブス。紀元三世紀ころの古代ローマ人で、キリスト教に改宗したため殉教した。彼がクリストフォロスと呼ばれるようになったエピソードが、旅の守護聖人となった理由と重なっている。

 若き日、レプロブスはイエス・キリストに仕える最善の方法は何か知りたくて、隠者のもとを訪ねた。隠者は彼の巨体を見て、こうアドヴァイスした。流れの速い川を渡る人々の助けをしてはどうか、と。言われるまま彼はその奉仕を何十年も続けた。

 ある日、小さな男の子が川を渡りたいと言ってきた。軽々と背負って渡りはじめると、次第にその子は尋常ならざる重さになり、危うく溺れかけたほどだった。対岸につくと男の子はイエスの真の姿をあらわし、重いのは自分が人々の罪を全て背負っているからだと告げ、今後はクリストフォロス(「キリストを背負う者」の意)と名乗るように、そして彼のもつ杖を地面に突き刺すように、と言って去った。

 レプロブス改めクリストフォロスとなった彼は、イエスの言葉に従って杖を地面に立てた。それはたちまち大樹となり、その木を見た人々が皆キリスト教に改宗したので、クリストフォロスは当時のローマ皇帝に捕えられ、斬首されてしまった。

 クラナッハ作品は一見ヘタウマだが、聖人伝承を過不足なく伝えている。まずクリストフォロスがサルタヒコノオオカミと同様、桁外れの巨躯であったこと、にもかかわらず、今や肩に載せた小さな幼児が重くて辛くなり、太い杖で必死に身を支えていることがわかる。幼児の頭部には光輪が輝き、画面左には隠者が描かれている。


ルーカス・クラナッハ『聖クリストフォロス』(部分) 写真提供/アフロ

 では前景で泳いでいる人魚は?

 これは、人魚の棲むような危険な川だということを、知らしめているのだ。クリストフォロスだから水位は膝下までしかないが、並みの人間ならたちまち溺れるほど深く、しかも急流だということを。

 また後景には木が一本だけ真っ直ぐに立っており、クリストフォロスの杖の未来の姿とわかる。前景左の木株には、クラナッハのサイン(翼の生えた蛇)も記されている。

 はたして旅の守りは、盗みも辞さない少年神がいいのか、クリスチャンの巨人がいいのか……。
●クロード・ロラン(1600頃~1682)……17世紀、フランス出身の画家。活動地はイタリアのローマで、そこで没している。神話や歴史の主題に基づく風景画を数多く描いた。とりわけ海景に秀で、朝夕のドラマチックな光の効果に着目して人気を博した。
●アダム・エルスハイマー(1578~1610)……17世紀初頭のドイツ人画家。遅筆な上に夭折したため寡作である。20歳のときイタリアへ赴き、ローマではルーベンスらフランドル出身の画家たちと交流。風景や夜景表現を取り入れた歴史画、神話画に秀でた。
●ルーカス・クラナッハ(1472~1553)……16世紀前半のドイツの画家。初期はウィーンで活動し、ザクセン選帝侯に見込まれ、ヴィッテンベルクで宮廷画家となる。工房を構えて宗教画、肖像画を制作。禁欲的な宗教改革期にあって、蠱惑的なヌード像も多く描いた。

著者プロフィール

中野京子(なかの・きょうこ)

北海道生まれ。作家、ドイツ文学者。西洋の歴史・芸術に関する広範な知識をもとに歴史や名画の解説書、エッセイを数多く執筆。2007年に上梓した『怖い絵』シリーズが好評を博し、2017年に『怖い絵』展、2022年には『星と怖い神話 怖い絵×プラネタリウム』を監修。著作の人気シリーズに『名画で読み解く王家12の物語』『名画の謎』、近著に『名画の中で働く人々 ――「仕事」で学ぶ西洋史』『名画と建造物』『愛の絵』など。著者ブログは、「花つむひとの部屋」

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