芥川賞受賞作『水滴』をはじめ、鮮烈な表現で沖縄の痛みを描き続けてきた作家、目取真俊。マイノリティ、民族に関わる広範なテーマを手掛けてきたジャーナリストの木村元彦。二人の書き手にとって、戦後80年はどのような意味を持つのか。沖縄というかけがえのない地域を通して、この国の現在、そして政治と文学について考察を深める対談連載。
2月に行われた第51回衆議院選挙では、高市自民党が316議席の記録的な大勝。沖縄選挙区も自民党がすべての議席を獲得するに至った。一方、世界へ目を向ければ各地の紛争は止まず、混迷する中東情勢もいまだ解決の糸口が見えない。この状況下で日本、そして沖縄が進むべき道とは?

夕凪/PIXTA
第三部 日本と沖縄、揺らぐ現在地
第6回
選挙で何が問われたか
更新日:2026/06/10
「中道改革連合」という野合
- 木村
- 先の衆議院選挙。驚くべき結果となりました。特に沖縄では、基地に反対する議員がいなくなってしまった。自民党がすべての議席を占めるのは、現行の小選挙区比例代表並立制になってから初めてです。そこで、この状況について、目取真さんの分析と意見を伺いたいと思います。
- 目取真
- 今回の衆議院選挙で雪崩現象を起こしたような敗因については、テレビや新聞、インターネットで膨大な分析がされていますよね。リベラルとか左派といった反高市首相側が大きなショックを受けている。圧倒的な議席数の差を前にして、これから先どうしたらいいのだろう、と。だけど、沖縄からすればずっと同じような状況だったわけです。沖縄は日本の中で圧倒的な少数派で、ヤマトゥの国会議員が野党も含めて圧倒的な多数派なわけです。沖縄から国会へ議員を送りこめたとしても、衆参合わせてもせいぜい十数名ですから、ヤマトゥの国会議員に対して最初から非力なんです。今回の選挙結果は、それがさらに悪くなったというだけのことです。

写真:イメージマート
- 木村
- とりわけ驚くようなことではなく、以前からある構図であって、それが進んだ現象であると。
- 目取真
- まず言っておきたいのは、高市首相の勝利を云々する前に、「中道改革連合」を作ったのが大きな失敗だった。いろんな人が指摘していますが、立憲民主党と公明党を足せば政党として倍の勢力になるという安易な発想で大失敗をした。
- 木村
- あれは、政策のすり合わせ以前に数のことしか考えておらず、選挙戦略をただの足し算としか見ていないのかと驚きました。
- 目取真
- 2-2-6の法則っていうのがあるじゃないですか。高市支持の言わば右翼が2割で、共産党やれいわとか左翼が2割だとして、残りの6割にあたる「真ん中」の層から、中道改革連合は票を取れるという目論見だったんでしょう。ところが、「真ん中」の層が右に寄ってしまっていたので、中道改革連合の立ち位置も中途半端に右にぶれてしまうわけですよ。
- 木村
- バランスを取ろうとしたら、元々の軸が右にあったのでそれが全体として右に寄ってしまった。
- 目取真
- 公明党は、私から見れば保守ですから。公明党は単独では小選挙区で勝てないから、どこか大きな党にくっつくしかないわけで、それで、自民党から立憲民主党に乗り換えた。一方の立憲民主党は安易な発想で、公明党、創価学会の票がもらえれば小選挙区で勝てると思ったから、比例代表の上位を公明党に譲ったわけですね。この動きを警戒したから、最初の頃は高市さんも、自民と維新を足して過半数を制することができたら良いみたいな、控えめな言い方をしていたわけです。その頃は、高市さんも解散総選挙を打つタイミングを間違えたか、と考えたかもしれない。ところが、実際の選挙では逆の方向にいったわけです。
「数」は見ていても「人」を見ていなかった
- 木村
- 自民の単独で過半数を取ってしまった。「中道改革連合」が自らなだれをうって崩れていった。この現象は沖縄から、どう見られたのでしょう。
- 目取真
-
要するに「数」は見ていても「人」を見ていなかったわけですよ。人間には心があって感情があり、色んなしがらみの中で生きている。立憲民主党にしても、実際の選挙運動を担っている中には市民運動の活動家も多いわけです。たとえば、辺野古がある沖縄3区で、自民党前職の
島尻安伊子 さんは公明党と深いつながりを持っている。これまで自民党と連立を組んでやってきた公明党が、急に方向転換をして、新基地建設反対で頑張ってきたグループと一緒に選挙運動をできるのか。地方の末端にいけば、そういう問題が出てくるわけです。東京にいる議員たちはそこが見えていない。公明党でも共産党でも、地方の議会で長いこと議員をやっている人は、生活相談をやって住民を助け、地域に密着しているから4期も5期も当選できるんです。彼らは選挙になれば固定票を持ってるし、地域での影響力もある。そういう議員や地域の皆さんというのは、急に変われないですよ。一緒にやってきた人に対して、手のひらを返したりできないですから。
- 木村
- 中央政界からの視点で、数の論理でしかものを見ていなかったのがこの結果ですね。
- 目取真
- 今回の野合をすすめた政治家たちはエリート意識を持っていて、草の根の庶民の感情に思いがいってない。庶民がどれだけ生活に困ってるか、どういう人を支持してるかが、見えてなかったんだと思いますよ。選挙区によって、公明党がどれだけ中道の候補に協力したかは、かなりのばらつきがあったはずです。単純に高市現象で、あれだけの勝利がもたらされたんじゃなくて、日頃の積み重ねが与えた影響が大きかったと思いますよ。

写真:イメージマート
- 木村
- 旧公明党サイドは、それでも解散前の議席数を維持した格好となりました。全国的に旧立憲民主党の凋落が著しかった。
- 目取真
- これは立憲民主党が中道に変わったことへの失望があったからです。辺野古の新基地問題に対するスタンスを曖昧にするし、反原発とか反安保法制とかの運動を一生懸命やってきた人たちが、裏切られたと思ったわけですよ。熱情が冷めてしまえば、積極的に運動できないです。自分が票を入れるか、入れないかだけじゃなくて、仲間に声をかけないし、友達に電話をする気にもなれない。今は労働組合の力も弱くなっていて、組合員はかつてのように動かないですから、市民運動を熱心にやっている人たちが動かなければ、ビラまきも十分にできない状態だと思います。
- 木村
- そもそも労働組合の加入率も落ちていますし。自分も気になって少し取材したことがあるのですが、「労組の存在意義をあまり感じない」というのが、非加入や脱退の大半の理由でした。
- 目取真
- 末端で一生懸命頑張っている人たちをないがしろにすれば、そうなるのは当たり前ですよね。
- 木村
- もっとも大事な主張がぶれて、また裏切られた、となった。
- 目取真
- だから、同じ負けるにしても一番悪い負け方をしたわけです。立憲と公明の双方が、若年層の支持率が低いとか、先行きの展望がないとか、焦りがあったから一緒になったわけですよね。ところが、立憲民主党は負けるにしても、単独の党として元の政策や主張を貫いていれば、これほど大幅に議席を減らしていないと思います。沖縄では2区や3区で比例復活できたかもしれない。比例上位を押さえた公明党だけが得をした。地道に下からの組織作りや運動作りをして、負けるにしても最低限で踏みとどまるような負け方をすれば、再起を期すこともできた。それが、安易に自分たちの理念を捨ててしまったから、最悪の負け方をしてしまった。
- 木村
- 数を求めて即物的に勝ちに行った。それで勝利すればまだ良かった。というか、勝つことしか価値が無い野合でした。それで大敗を喫したわけですからね。信頼を失くした上に負けた後に立ち返るべき場所を自らなくしてしまったので、先行きは当然かなり厳しくなるでしょうね。
「真ん中の人たち」の受け皿
- 目取真
- これは単に立憲民主党の問題だけじゃなくて、日本の政治全体を見ても、「真ん中の人たち」の受け皿がなくなってしまったのが大きいわけです。さっき2-2-6の話をしましたけど、真ん中の人たちというのは、その時々の政治状況によって右に振れたり、左に振れたりする。そういう中で、辺野古新基地建設や原発、安保法制には反対だ、という人たちの受け皿として立憲民主党があった。衆議院でそれが失われたダメージは大きいと思いますよ。中道改革連合は組織として長く続かない可能性が高い。
- 木村
- それは思いますね。そもそもが選挙用につくられた政治体なので実態も掴めない。会見を見ても何がしたいのか分からない。立憲民主に戻ったとしても、元通りに選挙戦で戦えるわけがありませんよね。
- 目取真
- これは沖縄からすると、沖縄の声を届けていくヤマトゥの受け皿がさらになくなるということでもあります。
- 木村
- それが大きいですね。ヤマトはますます沖縄の声から乖離していく。また受け皿という意味では、自民に辟易としてる人たちはいるものの、その票が参政党などに流れてしまっている。自分たちの存在意義がなくなってきたという立憲の焦りが、何かしなきゃいけないというところで、あの安直な野合となった。結果的に支持層がますます離れただけで、一方の公明党もいつ何どきまた保守の連立に戻るかわからないという厳しい状況です。そんな中で、ちょっとお聞きしたかったのが、野原善正さんという、沖縄出身の創価学会員で、2019年の参院選にれいわ新選組から、東京選挙区に出られた方がいらっしゃいましたよね。
- 目取真
- 浦添市出身の方ですね。
- 木村
- 公明党のやり方にかなり反発をして、一回だけ山本太郎代表に誘われて選挙に出た。自分も2回ほどインタビューしたことあるんですけど、ご本人は池田大作名誉会長をとても尊敬されている熱心な学会壮年部員なんですが、昨今の公明党の在り方に批判的で「自民党と組んで以来、どっぷりと権力のうま味に浸かって民衆救済の立党の精神を忘れてしまったんじゃないか」と声を上げた。それで参院選にれいわから出たんです。沖縄では、学会員でも公明党の政策に反対している人たちがかなりたくさんいたかと思うんですが、そういう人たちも今回のこの野合、中道については、やっぱり幻滅してるんじゃないかと思うんですけど、どうですか。
- 目取真
- 沖縄の公明党のことはよく知らないですけど、ただ、中央では政府と一体となって、国交大臣のポストをずっと握ってきたわけです。公共工事の地方の配分を考えたらとてもおいしいポストなわけで、彼らはその利権を押さえてきた。表向きは「平和の党」と言いながら、公明党の中央は辺野古新基地賛成なわけです。沖縄防衛局が出した埋め立て変更申請を玉城デニー知事が承認しなかったとき、代執行したのは公明党の斉藤鉄夫国交大臣です。それなのに公明党の沖縄県連は新基地建設反対をいう。しかし、その内実はいい加減なもので、名護市長選挙になったら建設容認の候補者を応援する。中央で賛成して、県連で反対し、名護では賛成する。まさに蝙蝠ですよ。彼らは「平和の党」という自己認識かもしれないけれど、実態はそうじゃない。何が「平和の党」か、と私はうんざりするわけです。池田大作は『人間革命』を、世界平和を願うとして沖縄の地で書き始めています。また、公明党女性部の皆さんが中心になって、沖縄戦の良い記録書も残しています。ただ、それはもう過去の話で、公明党が今も沖縄戦に大きな思い入れを持っているなら、辺野古新基地建設に賛成なんかできませんよ。

『人間革命』(聖教ワイド文庫)
- 木村
- 創価学会の活動で言えば、セルビアのベオグラードで第二次大戦後にチトー率いるパルチザンに追われてロンドンに亡命したカラジョルジェビッチ王女を支援していたのに遭遇しました。社会党のミロシェビッチ政権が2000年の「ブルドーザー革命」で崩壊したので、王党派が続々と帰国してきていたのですね。他にも東欧圏では、かなり浸透している印象を受けました。それにしても公明党も変節していますね。
公明党と沖縄
- 目取真
- 公明党が変わったと感じたのは、1998年の沖縄県知事選挙で、革新系の支持を受けた大田昌秀知事が3選を目指した時です。自民党幹事長の野中広務が沖縄に来て、公明党へのはたらきかけを行った。それによって公明党が革新共闘から距離を取り、中立を保つようなかたちで大田支持をしなかった。実際には自民党支持に回ることで、政府にたてつく大田知事の3選を阻んだわけです。この選挙は中央政界における自公連立の先駆けだった。これこそが辺野古の新基地問題の大きな転換点だった。以降、自公連立の流れができて、日本政府とつながった稲嶺惠一知事の下で辺野古新基地建設に進んでいくわけですから。その時点で公明党は「平和の党」を捨てていた。自民党と連立を組んで軍拡路線、辺野古新基地建設、自衛隊と米軍の一体化を進めてきたわけですから。当初は沖縄の公明党の中でも、おかしいと思う人が大勢いたと思いますよ。しかし、彼らも10年、20年と自公政権が続く中で、政権与党のうまみを味わい、それが当たり前になってしまう。そんなご都合主義で組織を維持してきたのが公明党の実態です。そういう公明党が主導権を握る中道改革連合は、私から見たら蝙蝠保守党でしかない。れいわ新選組についてですが、山本太郎さんが「オール沖縄は選挙互助会」という発言をして、沖縄で反発が起こった。これはオール沖縄の変質の問題に関わっています。翁長雄志さんという求心力のある政治家がいて、彼を軸に立場の違う勢力が、「腹八分、腹六分」で一緒にやろうということで、結びついたわけです。辺野古新基地建設反対とオスプレイの沖縄配備反対、この2点でつながったわけです。これは緩やかな統一戦線ですよ。私が学生時代から抱いていた疑問は、なぜ日本は反ファシズム統一戦線を作れなかったのか、ということです。戦前の日本では、反ファシズムという共通課題でまとまることができず、組織や個人の違い、対立にこだわり過ぎて少数分裂を繰り返し、転向するか極左路線に走って自滅してしまった。それが戦後も繰り返されている。
- 木村
- 代々木から離れた新左翼を含めてですね。
- 目取真
- ヨーロッパみたいに反ファシズム統一戦線を形成できないわけですよ。右から左まで、自由主義者から左翼までですね。
- 木村
- あるいは宗教者とかもね。
オール沖縄とは何か
- 目取真
- オール沖縄は、その方向へいった数少ない成功例だと私はとらえていました。結集の中心軸になったのは沖縄のアイデンティティーなわけですよ。ウチナーンチューして一つにまとまろう、という意識です。MV-22オスプレイの配備撤回と普天間基地の県内移設反対で日本政府に建白書を提出し、東京でデモ行進をしたときに、沖縄から来た代表団がひどい誹謗中傷を浴びせられたことがありました。
- 木村
- オスプレイの事故が多発して、これが酷い欠陥機であるにもかかわらず、強行配備されることに沖縄の怒りが限界に達して保革が結集して行った2013年1月の銀座でのデモ行進。沖縄の右も左も一緒になっての抗議行動だった。ところがこの切なる思いに対して「日本から出ていけ」などの酷いヘイトスピーチが襲い掛かった。

垂直離着陸機MV-22。愛称のオスプレイは猛禽類のミサゴから。 写真:イメージマート
- 目取真
- 代表団の一人としてデモに参加していた翁長さんは、罵声を受けたことにショックを受けただけでなく、沖縄の訴えに無関心なヤマトゥの市民を目にして、非常に落胆したわけですよ。翁長さんは自民党県連幹事長を務めながら、米軍基地の重い負担を抱えた沖縄の現状を何とかしたいと考えていた。しかし、沖縄への思いを持っていた自民党の議員は引退したり、亡くなってしまった。ヤマトゥの自民党も市民も、沖縄に対する姿勢が大きく変わったと、翁長さんは強く実感したと思います。沖縄は一つにまとまらないと、日本政府に基地問題を訴えることはできない。そう考えた時、翁長さんが結集軸として求めたのが、沖縄のアイデンティティーだった。これを結集軸にして、右から左まで、革新から保守、経済界までまとめないとだめだ、との思いがオール沖縄を生み出した。ところが、翁長知事となって安倍政権と対峙するなかで追い詰められて、がんが再発して亡くなってしまった。そのあと、経済界や元自民党議員らがオール沖縄から抜けていくわけです。金秀(かねひで)グループやかりゆしグループなどの企業には、政府から相当の圧力があったと思いますよ。翁長知事と行動を共にした経済人の中には、沖縄にどんどんヤマトゥの資本や外国資本が入ってきて、オリオンビールや琉球セメントなどの地元企業がヤマトゥの大手資本に系列化され、沖縄経済がヤマトゥの資本に牛耳られていくことへの危機感もあったのではないかと思います。しかし、企業として政府に盾突けば、企業の経営が危うくなってしまう。契約打ち切りをはじめ多様な圧力があったのではないかと思います。沖縄では衆議院選挙では1区が共産党、2区が社民党、3区が立憲民主党、4区が自民党と立候補者の区分けがなされていました。4区では仲里利信さんという県議会議長(第14代)を務めた自民党の重鎮が引退して、誰が跡継ぎになるかと、議席の取り合いになったわけです。選挙区の区割りが固定化して、それぞれの政党の縄張りみたいになってしまっていた。仲里さんの引退で4区が空白になり、そこを取ろうとして、れいわと立憲民主の争いが起こった。結局、共倒れになったが、れいわの候補者が比例復活して、その遺恨が残っているわけです。しかし、もともとオール沖縄は選挙のためのものではなくて、辺野古新基地建設に反対する県民運動としてあったわけです。
- 木村
- ワンイシュー。新基地反対のまずその一点で一致点を見出しての連帯でした。東京から見ていてもシンプルで理解もされやすかった。
分裂、自滅、共倒れ
- 目取真
-
だから全国から多くのカンパが集まってきた。それが山本太郎さんに皮肉られたように、選挙互助会みたいになってしまった。その山本さんにしたって、4区に食い込みたかったが、思うようにいかなかったからそう言っているだけです。
今回の選挙にしても、全選挙区で負けるのは予想できました。まず分裂すれば勝てないと。1区はこれまで3万票ほど取っていた下地幹郎 さん(自民党、政党そうぞう、日本維新の会など)が引退した。1区の赤嶺政賢 さん(共産党)は年齢も78歳と高齢だし、下地さんの3万票が自民党に流れて負ける可能性が高いなと。で、3区の屋良朝博 さん(立憲民主党、中道改革連合)は前回選挙で島尻安伊子さん(自民党)に負けて比例復活しましたが、中道ができてそれができなくなる。4区はもともと西銘恒三郎 さん(自民党幹事長代理)が強いうえに中道とれいわで分裂選挙になるから、また負けると。オール沖縄が唯一勝てそうなのは2区だけだった。2区は北谷町 、読谷村 などの革新地盤が多い地域ですから。ところが新垣邦男 さんが社民党から離党して立憲民主党に移り、さらに選挙直前に中道ができて、そこに移った。それに対し山城博治 さんや一部の社民党県連の人が反発して、元・南城 市長の瑞慶覧長敏 さんを立てた。瑞慶覧さんは鳩山政権当時の民主党の国会議員。南城市は4区ですから、これまで2区とのかかわりはない。しかも選挙事務所は1区の首里に置いた。それでも14000票ぐらい取りましたが、この票と新垣さんの得票を合わせると、自民党の宮崎さんの得票を上回っていました。分裂して自滅したわけです。
- 木村
- 自民党の宮崎候補に勝てていた。2区について整理すると、元々社民党で唯一の衆議院議員だった新垣邦男さんが党との方針の違いを理由に離党された。それが2月の衆院選挙ではオール沖縄から出馬。これに対して社民党本部は元・南城市長の瑞慶覧長敏さんを対抗馬として擁立しました。これで2区は米軍基地に反対する候補が分裂して、二人とも落選して議席を失ってしまった。
- 目取真
- この結果に腹を立てた人は多いと思いますよ。社民党中央が変質を重ねても、沖縄の社民党県連は護憲・反安保の歴史をつないで、沖縄で反戦・反基地運動に取り組んできた。嘉手納基地や普天間基地があり、米軍基地の被害が大きかった中部地区は、沖縄の中でも反戦・反基地運動が最も激しく闘われた地域です。伝統があるわけです。
- 木村
- 本土から見ている者として、社民党が対抗馬を立てた背景が気になります。
- 目取真
- 問題の発端は新垣議員が社民党を離党したことにあります。沖縄島の中でも米軍基地が集中する中部地区で、日本復帰前から反戦・反基地闘争を闘ってきた人たちの伝統の上にあって、2区では社民党の議員が連続当選できていたわけです。それは中部地区の大衆運動の力でした。その受け皿として照屋寛徳さんから新垣さんに引き継がれた社民党の議席だった。ところが、社民党の議席が衆議院では新垣さんの1議席しかない。国会の中で活動したくても、社民党の議席が増えないと発言の機会もないし、各委員会に出席して活動できない。福島瑞穂党首は参議院にいて安泰なわけで、本当の意味で闘っていないじゃないかと。衆議院に鞍替えして死に物狂いで選挙をやり、比例でもいいから議席を増やしてほしい。これが受け入れられないなら脱党する、という新垣議員の気持ちも理解できます。前回の参議院選挙では、社民党から比例区で山城博治さんが立ちましたけど、自分は当選できなくても全国比例から一人でも多く当選させたい、という気持ちだったと思います。そういう沖縄の社民党の努力を中央は利用してきたのではないか。新垣さんからしたら、社民党に引導渡して良いぐらいの気持ちでの離党だったかもしれないです。ただ、心情的には理解できても、もっと大きな目で見ればやはり、今回の行動は失敗だったと思います。社民党を抜けて中道に入ったが、その中道は辺野古新基地反対を捨ててしまった。社民党県連の中から反発する人が出るのは当然のことです。
- 木村
- その悩ましい感情は2区の知人からも聞きました。

沖縄二区、読谷村の残波岬。 写真:イメージマート
- 目取真
- 中道に行った新垣さんや3区の屋良さんの考えは、中道の中で方針を辺野古新基地建設中止に変えていく、中道の方針を中から修正する、ということだったのでしょう。沖縄の議員として中道に移っても、辺野古新基地建設には反対するという姿勢で選挙をやっていました。その点だけでも一致点を見出し、選挙区は新垣さんを推し、比例では社民党を推す。そういう形で妥協できればよかったのですが、分裂したあげく共倒れという結果になったわけです。そして、社民党県連からは離党者が相次ぎ、国会議員だけでなく、県議会議員も一人もいなくなってしまった。自分たちで50年以上築いてきた成果を潰したわけです。このしこりは中部市区の大衆運動にも悪影響を与えるし、今年9月の沖縄県知事選挙にも影響します。今のままだと玉城知事だって負ける可能性が高いです。
高市現象の背景
- 木村
- 中央の、永田町の数の論理で、ああいう野合が出てきてしまった。今回、古くからジャーナリストとしても旧統一協会の問題を追って来た有田芳生さんは中道改革連合の党の意向で東北から出て比例で当選したんですけども、これまで戦って来た八王子で出馬していればとも思うわけです。八王子での選挙戦で、統一教会と自民党との「ホットライン」の役割を果たした政治家として「TM特別報告」で名前が出ていた萩生田光一との決戦の図式になっていれば、全国的に注目を集めたと思うんです。かつて田中角栄の新潟3区から野坂昭如が出馬して、選挙の焦点が田中総理の金権政治に合わさった。TM文書は韓国の検察が抜いたもので統一協会と自民党の癒着について信憑性の高いもので文春が展開した。ところが日本のメディアは後追いしなかった。党派の論理によって注目すべき対旧統一教会、裏金というものが、もう霧散してしまった。
- 目取真
- 今回、高市さんが解散総選挙に踏み切った理由の一つに、その旧統一協会の特別報告書の中に頻繁に名前が出ていたという問題もあったわけじゃないですか。おっしゃったとおりに焦点化されていれば、高市さんは困ったはずなんですよ。
- 木村
- 大きな影響を与えたと思うんですよ。だが、それをしなかった。もう一方で米軍基地の問題については、公明党と中道改革連合を作るという方針が密室で行われてきて、沖縄もこれで闘えということから分断が生じた。
- 目取真
- 分裂したら勝てませんし、自滅します。同時に沖縄社会全体を覆っている無力感や、長いものに巻かれろ的なムードもあります。高市現象はある日突然起こったものではないと思います。この30年余の日本社会の変化があって、例えば1995年に自由主義史観研究会ができて、戦後の歴史観を変えようとする流れが続いてきた。教育に政治が介入し、戦争に対する認識や歴史観が変わってきたことが背景にあります。
- 木村
- ネットの普及によって歴史における修正、陰謀論、妄想論も跋扈した。
- 目取真
- インターネットは使い方次第で、いろんな知識を得られます。大手メディアでは得られない情報も得ることができます。だけど、多角的に情報を得る意思がなければ、エコーチェンバーの中で自己満足的な世界に浸ってもいられる。前に、木村さんも言っていたと思いますけども、大学生が本を読まないと。長文を読めなくなり、断片的な情報を見ていくだけでは、思考も深まらないと思います。
- 木村
- リベラルアーツやリテラシーをないがしろにして、教育は受験のことだけをやってきた。
- 目取真
- その積み重ねが、今回の高市現象を起こしています。私は選挙の少し前に琉球新報にアメリカの国家安全保障戦略について書きました。トランプはG2という構想を打ち出し、世界を西半球と東半球に分割し、米国は西半球の支配に集中し、東半球で中国と軍事衝突を起こすことはなく経済的に協調体制を築く、というかたちになってくると。そうなると「台湾有事」のあり方が変わってきます。今、アメリカはイランを攻めようとしています。西半球で中南米を自分たちが支配しようとする一方で、同時にイランを攻撃しようというのは、当然イスラエルとの関係ですよ。中東で唯一イスラエルの脅威になっているのがイランですからね。イランの核開発はもとよりミサイルまでつぶすことができれば、イスラエルは安泰なわけです。しかし、米国にとって西半球と中東を軍事的に同時に対応するのは大変なわけです、米国は空母を2隻も中東に派遣していて、中国に対しては対応できない状態だと思います。

写真:イメージマート
- 木村
- そもそもがトランプ自身も自分の在任中に「台湾有事はない」と言っていましたからね。
- 目取真
- トランプが中国に東半球はお任せします、となったときに、じゃあ中国はどう動くのか。その点を視野に入れると、沖縄の基地問題に関してもいろんな視点が出てきます。沖縄の基地はどんなかたちで使われるのか。辺野古の新基地建設に反対するときも、そのことを視野に入れる必要があります。多くの有権者は、選挙でも積極財政とか消費税のことに議論が終始している。基地問題には目がいかず、生活の次元でしか政治を見ていない。若者も日本の財政が破綻したら、ツケが自分たちに回ってくるからそこには関心が高い。それで高市さんのほうがなんとなく安心じゃないかと考える。トランプが中国や台湾にどう対応しようとしているか、という議論がないままに、消費税を中心に選挙をやっています。「台湾有事」といっても、米国が日本を守るために中国と軍事衝突することはない。それなら辺野古新基地建設は何のためにやるのか。そこまで視野が広がっていかないから、選挙の争点にもならない。
- 木村
- 勝った側も、戦略だったというわけでもなくて、敵失に救われたのと、ブームの中だけで勝ったようにも見える。
ネットの影響、新たな感性
- 目取真
- 自民党の内部でネットの影響を調査、分析したうえで作戦を立てた人たちがいるはずです。東京都知事選挙の石丸現象とか、兵庫県知事選挙の立花現象とかを分析して選挙戦に臨んでいるはずです。どうやれば今の時代に勝てるかを、お金もかけて、専門家が集まって検討していたんじゃないか。対して野党の側は、そうした取り組みや準備ができていなかった。参政党にしても国民民主党にしても、ワンイシューを掲げてブームを起こしても、状況が変われば落ちてしまう。自民党のほうが党組織の厚みがあり、安倍が消えたら高市が出る。ほかの党とは比較できない底力を持っている。
- 木村
- 我々からすると、高市の風体とか、トランプの横でこびへつらうようにぴょんぴょんしてるっていうのは、醜悪な光景なんですけども、それこそ分析によると、あれが早苗推しにつながっているという。そういう見方があるのかなと。自分たちとまた違った次元のところでの今の時代の空気の捉え方っていうのが、ブレーンによるものなのか、あるいは広告代理店を通じてなのかわからないですけども、あるんだろうなと感じます。
- 目取真
- 世代が違えば、あるいは住んでる環境が違えば、新しい感性が出てくる。生まれたときからスマホがあって、インターネット環境がある中で育った世代と、我々とでは感性が違う。インターネットが普及したのは私たちが30代になってからでした。私はずっとGooブログで書いてたんですが、そのGooブログがサービス終了になりました。ブログのような長い文章が読まれなくなり、利益が上がらず、維持できない。私みたいに辺野古の現場まで行って写真を撮り、工事や抗議行動の様子を伝えたり、時間をかけて分析しても読まれないですよ。ショート動画で長くても1分以内、インターネットの中でそれが主流になっていく。かつて小泉純一郎首相がワンフレーズを多用して、扇動的に人々を引き寄せていたことがありました。
- 木村
- 「抵抗勢力」とか、「構造改革」とか。
- 目取真
- ワンフレーズ・ポリティクスと当時は批判されていましたけど、それが主流の時代になっているわけです。短くて刺激的な言葉や映像で再生回数を稼げばいいと。さらに生成AIが普及していく。生まれたときからこういう環境で育ってきた人たちの感性は、もう私たちとは違います。さっき言ったみたいに、90年代以降は教科書も変わり、メディアが変わり、インターネットが普及し、書店に積まれている本や雑誌も変わった。
- 木村
- 歴史修正と差別を扇動するヘイト本の大量流通ですね。私は非常に腹立たしく思っているのですが、事実がひとつも無くデマと差別扇動するヘイト本さえ、「言論のアリーナ」とかいう詭弁を用いて、ヘイト本の販売が言論活動にとってあたかも良いことのように言う書店員をなぜか、識者として新聞も重宝がる。自分の本を売ってもらったからと奉る作家も情けない。在日コリアンに特権があるとか、辺野古基地反対運動には中国政府からカネが出ているなどというデマは、右派とか左派とかいう以前に言論ではなくアリーナに登場できる資格は無い。土俵に相撲のルールの分からない輩を上げるようなものです。ヘイト本でも買う客がいるから本屋として売っていると言い切った方がまだましです。
- 目取真
- 木村さんと行った大阪の隆祥館書店はがんばっていますが、書店も危機的な状況ですね。高市賛美の雑誌が平積みされてるわけです。高市首相はスパイ防止法を制定しようとしていますけど、インテリジェンス活動は、公開情報から得る情報が8割、9割で、その分析をどれだけ深められるかが分析官の能力です。スパイ防止を口実に個人情報が収集され、言論空間がさらに歪められ、狭められかねない。
辺野古ができても普天間が返ってこないのは分かっていた
- 木村
-
スパイ防止法に関しては、その目的は市民の監視であって、そもそも米国に日本の情報が丸裸にされている中で、インテリジェンス活動を見直すならば、日米関係の中でしょう。
選挙が終わってからの最近のトピックで言うと、辺野古新基地建設が、普天間返還のための「唯一の選択肢」だとして、工事を強行してきたわけですが、米国防総省が米政府監査院(GAO)に提出した公式回答では、辺野古に新しい基地が完成しても滑走路が短くて普天間基地は返還されないとの見解を示していたことが、分かりました。軟弱地盤の工事で完成は見込めず、仮に完成しても米側が普天間を返還しない可能性が強いというスクープでした。
- 目取真
- 辺野古の滑走路が短い問題は以前から分かってるんです。こんなの選挙前にやれ、という話ですよ。沖縄防衛局のホームページを見ると、滑走路長っていう言葉を使ってますが、普天間が2740メートルなのに対し辺野古は実質1200メートルです。オーバーランが300メートル両端にありますから、それを含めて1800メートルとごまかしてるんですね。滑走路が短いとヘリやオスプレイは運用できても、輸送機が運用できない。アメリカが問題にしているのはそれなんですよ。普天間基地は国連軍の基地でもありますから、アジア地域で紛争や災害が起こったとき、物資を運ぶために輸送機を使う必要があります。
- 木村
- 要するに、兵站ですね。よく指摘されているし、石破元首相も言っていましたが、日本軍の南方での戦死者は戦闘ではなく、ほとんどが食糧が無くて亡くなった餓死者でした。
- 目取真
- 仮に嘉手納基地がミサイル攻撃で破壊されたときに、別に長い滑走路を持つ基地が必要だから、普天間基地の重要性が増すわけです。琉球列島は宮古、八重山、与那国から奄美諸島まで海上輸送か航空輸送しかない。だから各島々に輸送機が運用できる滑走路が必要となる。日本軍は昔から兵站軽視で、それが第二次大戦における敗戦の大きな理由でしたが、米軍は辺野古新基地ができても、長い滑走路のある那覇空港の使用が、普天間基地の返還条件となっています。兵站の問題は『ゆきゆきて、神軍』の問題につながります。
- 木村
-
前回の対談で話しましたが、ジャングルの中で飢えに苦しみ、部下を虐殺してその人肉を食べたのではないかと奥崎謙三が戦後、かつての上官たちに追及していきますね。そのニューギニアもそうだし、
牟田口廉也 中将によるインパール作戦も飢えとの戦いでした。無謀な補給無き作戦で撤退路が白骨街道と呼ばれた。3週間でインパールを攻略すると豪語して、「野草を食糧にする」とめちゃくちゃな戦略を進めて7万2千人の兵士を死に追いやった牟田口批判については小説『インパール』(高木俊朗)にも記されています。

『インパール』(文春文庫)
- 目取真
- 戦闘による戦死ではなく、物資不足による餓死が大多数だった。兵站の観点から見れば、辺野古新基地の問題が見えてきます。
- 木村
- 辺野古が出来ても普天間は返還されないというのは、自明だったわけですね。兵站で言えば、中国と事を構えることになったら日本全体が食料輸入を止められるということをどう考えているのか。それを回避するのが外交の役割ですが、今の外交官、日本大使たちは官邸と赴任先の軍事政権の忖度ばかりしている。私はずっと批判していますが、駐ミャンマー元日本大使の丸山市郎氏は独自外交と称して、ミャンマー国軍との蜜月関係を続けて、ゴマをするようにロヒンギャへのヘイトスピーチをBBCで発信し、とどのつまり、クーデターが起こると「外交は無能だった」と開き直る。今の外交官は退官しても自由な言論を発信するのではなくて、結局右派系のシンクタンクに入って御用論文ばかり出している。彼らのアジア版NATOを作れという主張には驚きましたね。日米安保どころか、NATOですよ。外交官として戦争を止めようとするどころか、扇動している。
- 目取真
- 台湾もそうだし、日本もそうですけど、エネルギーと食料を外部に依存している国は戦争ができないんですよ。経済制裁を受けてもロシアが今も戦えているのは、エネルギーと食料が自給できるからです。
- 木村
- 1999年にユーゴスラビア、セルビアがNATOに空爆されても3カ月もちこたえたのは、西側からの食料やロシア以外の航空便を止められてもあそこは農業国で自給率がまだ高かったからです。恐らく日本だったら、3日ともたなかったと思いますね。
- 目取真
- 現在の辺野古新基地建設が打ち出された時、施設面積が小さくなり、滑走路も短くなって、整理、縮小されていますよ、と見せたかったのか。普天間基地はヘリやオスプレイだけでなく、輸送機や戦闘機も使用していますから、海兵隊からすると同じような滑走路がないと「代替施設」になり得ない。2020年に那覇空港に新しくできたB滑走路は2700メートルあります。しかし、那覇空港はすでに自衛隊や海上保安庁も使っている。そこを米軍まで使えばどうなるか。それこそ、世界一危険な軍民共用空港になりますよ。だから亡くなった翁長元知事も強く反対したわけです。ウクライナ戦争を見れば明らかですが、ドローンの活用が戦争の形を変えている。十数年後、辺野古新基地はドローンを主力とした基地になる可能性があります。そして、普天間基地は返還されないままとなる可能性が大きいと思います。
- 木村
- ミャンマーの内戦でも今、ドローンが使われています。それはクーデターを起こした軍事政権と戦っている山間部の民主派抵抗勢力側です。ロシア製、中国製のミサイルに対抗して自家製ドローンで対抗しているんです。これはゲリラ戦の一環ですが、安価なもので製作できて、攻撃効果を上げられる。ますますドローン兵器は主流になっていくでしょうね。
- 目取真
- 辺野古新基地は陸上自衛隊の水陸機動団が海兵隊と共同使用していくと思いますけども。十数年先の話ですから、戦争の形態も東アジアの状況も大きく変わっています。日本政府が言ってきた「沖縄の負担軽減」はまったくの嘘っぱちで、日米両軍の基地強化でしかなかったわけです。
(2026年2月25日、沖縄県名護市にて対談。次回へ続く)
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- プロフィール
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目取真俊(めどるま しゅん、右)
作家。1960年、沖縄県今帰仁村生まれ。琉球大学法文学部卒。1997年「水滴」で第117回芥川賞受賞。2000年「魂込め(まぶいぐみ)」で第4回木山捷平文学賞、第26回川端康成文学賞受賞。2023年第7回イ・ホチョル統一路文学賞受賞。著書:(小説)『目取真俊短篇小説選集』全3巻(第1巻『魚群記』、第2巻『赤い椰子の葉』、第3巻『面影と連れて(うむかじとぅちりてぃ)』〕(評論集)『ヤンバルの深き森と海より』(以上影書房)、『沖縄「戦後」ゼロ年』(日本放送出版協会)、(共著)『沖縄と国家』(角川新書、辺見庸との共著)。
ブログ「海鳴りの島から2」:https://awamori777.hatenablog.com/ -
木村元彦(きむら ゆきひこ、左)
ジャーナリスト。1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒業。アジア・東欧などの民族問題を中心に取材、執筆活動を続けている。著書に『誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡』『悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記』『オシムの言葉』『争うは本意ならねど』(以上、集英社文庫)、『オシム 終わりなき闘い』(小学館文庫)など多数。『オシムの言葉』で2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。










