対談連載 沖縄にとって「戦後」とは何か 目取真俊×木村元彦
夕凪/PIXTA

第一部 チェコと台湾から沖縄を眼差す

第2回

沖縄と台湾 どうやってアジアで生き延びていくか

更新日:2025/08/20

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芥川賞を受賞した『水滴』は勿論、鮮烈な表現で沖縄の痛みや暴力を描き続けてきた作家、目取真俊。作家としての地歩に勝ると劣らず彼を印象付けてきたのは、辺野古や高江たかえにおける地道な抗議活動であった。論陣を張る、デモに参加するといった行動にとどまらず、実際に抗議活動に身を挺し、米軍基地内に拘留された経験さえ持つ作家にとって、文学者が行動することの意味とは何なのか。一方、ジャーナリストの木村元彦は、マイノリティ、民族に関わる広範なテーマを手掛けつつ、亡命や難民支援などを積極的に行ってきた人物でもある。二人の書き手にとって、戦後80年はどのような意味を持つのか。日本が一貫して抱え続ける矛盾、日米の狭間に揺れる沖縄の今とは?
日本の今と戦後の意味を問い直し、文学の意味を模索する徹底討論。

目取真
蔣介石が亡くなったのが、1975年の4月5日です。ついこの間が死後50年なんですよね。でも日本では何の話題にもならないじゃないですか。
木村
ええ。
目取真
インターネットで調べても、死後50年について触れている記事は見当たらない。これが現状なんだなと思いました。蔣介石はもう遠い過去の人物になってしまって、大陸への反攻とか、毛沢東、周恩来、蔣介石、この三人が激しく対立した時代というのは、忘れられようとしているんだなと。
木村
国共内戦の歴史も過去のものになってしまった。経済的な観点から、今は国民党の方が親中国と言われていますね。

「台湾有事」のリアリティ

目取真
今の力関係から見ても、台湾が大陸反攻で中華統一するとか、そんなことはあり得ないわけです。どうやってアジアの中で生き延びていくかという課題は、これは沖縄とも共通するわけです。沖縄は大国のはざまで生きていく社会ですから、基本的には、緩衝地帯にならないと生き延びていけない。今、台湾に中国が侵攻するという事態は、かなり明確に独立に向けての動きをしたり、内乱状態が起こったりするような状況がなければ、そんな簡単には起きない。それをやって、どんなメリットがあるかという話になるわけです。先日、琉球朝日放送で、アメリカの「ハドソン研究所」の連中にインタビューをして、「台湾有事」の特集を組んでいました。これを見て頭にきて、すぐにブログで書きましたけどね。アメリカの保守系シンクタンクの対中強硬派の連中が「台湾有事」をあおって日本の軍事予算をもっと増やせ、自衛隊の武力を増やせとかやってるわけです。それをよく考えないまま、メディアが恐怖心や不安をあおり立てるのが一番まずいと思いますよ。本来、批判的な見方で取り上げないといけないのに、これでは戦前・戦中の報道と大して変わりません。


Josiah/PIXTA

木村
沖縄のメディアでさえもそうなのですか。日本における右派系のシンクタンクが同じ役割をしていますね。ここの研究者たちが日本もアジア版NATOを作れとか、とにかく日米同盟をもっと強化すべきだと言っている。シンクタンクというと、公正な研究所のようなイメージを持たされていますけど、財源によって党派性があるものです。そこで一つの真理を探究していったうえでの論文ではなくて、スポンサーが意図するものが発表される。日本の本土メディアについて言えば、駐ミャンマー日本大使の丸山市郎氏を持ち上げるインタビュー記事を朝日新聞が出して頭に来ました。丸山氏は軍事クーデターを起こしたミャンマー国軍に媚び続けて、国軍が行ったロヒンギャの大虐殺を覆い隠すデマ、「ミャンマー国軍はジェノサイドに関与していない」「ロヒンギャは(違法移民の)ベンガル人」と、BBCニュースで発言して擁護した人物ですよ。それはICC(国際刑事裁判所)の検察官がロヒンギャ迫害の罪で逮捕状を請求したミンアウンフライン最高国軍司令官に対するとつてもないゴマすりなわけです。東京で丸山氏の講演会があったので日本国籍を取得した舘林の在日ロヒンギャの友人と行ってこの差別扇動を質すと、退官後も「自分の独自の外交をするので撤回しない」という木で鼻を括った態度で腸が煮えくり返りました。ロヒンギャなら殺されていいのか。幼児を含めたロヒンギャの無辜な人々を大量に殺害し、性的テロで女性を二度と故郷に帰還できないように追い出した国軍のジェノサイドを無かったと、撤回もせず言い続ける人物をミャンマーの専門家としてなぜ朝日新聞は特集までして持ち上げるのか、役人のポジショントークしかしないのは、自明ではないか、と問い合わせフォームに投書したのですが、返信は無かった。
https://wpb.shueisha.co.jp/news/politics/2019/03/07/108345/
欧米と対照的な日本のミャンマー外交は宥和政策で大失敗して、日本から国軍にカネが流れ続けて、ああいうモンスターを育て上げてしまった。日本政府は選挙監視団まで送っていたのでミャンマーの軍事クーデターに対するその責任は大きいのに「ミャンマーに制裁を課せば中国の影響が増す」と言い続けて、相変わらず、震災後も民主派地域に空爆を続けているミャンマー国軍に対して親密な関係を続けています。対して日本の市民団体の人たちは、被災者支援の物資やお金が国軍に渡らないように必死に独自のルートでサポートしています。日本政府から渡る、300万米ドル相当の食料と救援物資の行き先はどうなるのか、なぜミャンマーの人々が認めていないクーデター政府に渡すのか。記事にしていたら、笹川陽平氏(ミャンマー国民和解担当日本代表)がブログで支援物資のリストを上げて木村元彦氏の批判に答えると書いていたので、聞きたいことは山ほどあるから取材を申し込んだら、即座に断られました。とにかくミャンマーについては元日本大使自らが、軍政におもねる官製の歴史修正とロヒンギャへのヘイトスピーチを発信していたし、一般的に役人の言説はポジションで左右されて、右派系シンクタンクなどは格好の天下り先になっている。

戦争を継続する能力はあるのか

目取真
ランド研究所なんかも典型的ですね。米軍や政府と深く結びついて、彼らをサポートする役割なわけですよ。日本も防衛研究所とか防衛大学とかと結びついている学者や評論家が出てきて、メディアで発言することが増えています。でも、彼らは防衛省・自衛隊の利害関係者ですからね。彼らは自衛隊や米軍がいないと困るわけですよ。だから、沖縄の米軍や自衛隊を強化するという観点からしか発言しない。「台湾有事」も彼らにとっては、琉球列島で自衛隊を強化して、軍事予算を確保するために有効なわけです。琉球朝日放送の番組ではハドソン研究所の研究員が、アメリカはもしかしたら中国と軍事的に対抗すると弱い立場になるから核兵器を使用するかもしれない、とまで言ってるわけですよ。
木村
それはCSIS(米国シンクタンク戦略国際問題研究所)のマーク・カンシアンも言ってましたね、核兵器を使うかもしれないって。


hanako2/PIXTA

目取真
米中が核兵器を使用したら、これは「台湾有事」どころじゃないですよ、世界大戦です。
そんなことをして、どんなメリットが両国にあるのかという話です。例えば、なぜアメリカがウクライナに派兵しないかというと、アフガニスタンやイラクで戦争をして、死者、戦傷病者が何万人も出ているわけです。これから先ずっと彼らの補償をしないといけない。それだけでも何十兆円という巨額になる。これは日本も一緒で、何百人、何千人と戦死者が出た時に遺族への補償を長期にわたって行うのは簡単なことじゃない。中国も同様です。本当に米中激突になって、そこに日本も介入し、何千人、何万人単位で死傷者が出たら、その補償額でも大変な額になる。日本でも中国でも少子化が進んでいて、一人しかいない子どもが戦死すると、残された家族は両親を含めて生活が困難になるわけです。自衛隊がいかに人手不足で困っているかという話につながるのですが、日本という国は本当に戦闘を継続する能力はあるのかと。「台湾有事」に自衛隊が介入するというのは、私から見れば空論ですよ。日本と台湾の間に何らかの軍事条約が結ばれているんですか? そういう基本的なことも問わずに、「台湾有事」に沖縄が巻き込まれるかのように報道しているメディアは、防衛費を増大させる役割を担っているだけです。
沖縄戦のときは1450隻ほどの米軍艦船が沖縄に来ていた。その大半は兵站で物資を運ぶ輸送船ですよ。それが可能だったのは、すでにレイテ沖海戦で日本海軍が壊滅し、制海権も制空権も日本は失っていて、米軍の艦隊を攻撃する能力がほとんどなかったからです。だから、それだけの輸送船を沖縄の周りに集結できたわけです。沖縄戦に動員された米兵は約54万人、上陸したのは約18万人です。中国が台湾に上陸作戦を実行して、人民解放軍を100万人動員するとして、膨大な兵員、物資をどうやって輸送するのか。そのために制海権・制空権をどう確保するのか。その点だけを考えても、台湾海峡を越えて上陸、侵攻するのが、どれだけ大変かというのが分かるわけです。「台湾有事」をあおって儲かるのは軍需産業であり、彼らにとって戦争はビジネスなわけです。

少子化と子どもの自殺こそが最大の有事

木村
それこそ、町議の方が台湾との交流の活性化をはかって自立の道を模索していた与那国などにも次々に自衛隊のミサイル部隊が配備されています。
目取真
小さな島に小規模な部隊を配備して、それで島が守れると考えるなら愚かです。少子化の進行によって、これから自衛隊は隊員の確保がさらに難しくなります。訓練と実戦は違います。自衛隊員は本当に自分の手で人を殺せるのか。今の日本で一番重要な問題は、「台湾有事」じゃなくて歯止めのかからない少子化です。去年の児童生徒の自殺者が529人で史上最多だと報道されています。出生数は激減しているというのに子どもの自殺数が史上最高になっている。これこそが、今、日本がどうにかしなきゃいけない一番の危機だと思いますよ。こんな国が果たしてもつのか。人口学者のエマニュエル・トッドが、ソ連崩壊の兆候として注目したのが乳幼児の死亡率でした。働き盛りの男性がアル中になって死んでいく、医療が崩壊して、生活水準が低下している。武器開発とか宇宙工学とかに現れない生活レベルの衰退を見て彼はソ連邦が長くもたないことを看破していた。G7のほかの国では子どもの死因のトップは病気や事故なのに、日本は自殺がトップになっている。子どもたちがそこまで追いつめられているのに、それにきちんと対策を立てないで、何が「台湾有事」なんでしょうか。
少子化と人手不足で自衛隊の士(海士・空士・陸士)に任官する自衛官候補生の採用率は2023年度で30%です。実際に戦う士が確保できないのに、みんな何を見ているんでしょうか。
木村
士の採用率が30%ですか。
目取真
陸上自衛隊で7030人募集して、採用したのが1897人です。現在の士の充足率が67%で、募集しても27%しか採用できない。これが自衛隊の現実で、警察や消防、海保も同じ道をたどりますよ。「台湾有事」がどうのと言う前に、大規模な自然災害が起こっても対応できなくなります。その危機感がないんでしょうか。辺野古新基地建設の問題にしても、ドローンやAIを使って兵器の無人化が進む中で、オスプレイの基地という見方を変えた方がいい。普天間基地でもオスプレイは24機から20機体制になっていて、あと十数年後、どれだけの役割を果たしているでしょうか。滑走路が短い辺野古新基地は、輸送機の運用ができないので兵站の役割を果たせない。だから普天間基地の代替施設たり得ないわけです。琉球列島で継戦能力を維持するには兵站が重要なのに、輸送機の運用ができない短い滑走路の基地を造るのは軍事的な合理性からもおかしい。莫大な予算を浪費して、結局普天間基地は返還されない。そういうことだってあり得る。そうなっても、政治家も官僚も誰も責任を取らないでしょう。辺野古の海や大浦湾でカヌーを漕ぎ、工事の状況を見ながら思うのは、こんな役にも立たない基地建設に予算を浪費しないで、教育や研究開発、新たな産業の育成に予算を回せばいいのに、ということです。東アジアにおいて経済や文化、研究、人的・物的交流などで重要な位置を占め、そこを戦場にすれば大きな損失となる。そういう場所になると同時に、軍事的緩衝地帯になることが沖縄の生き残る道です。「半導体安保」という言葉がありますが、台湾の半導体産業にしてもそこに水資源や電力を集中して成長させたわけですよね。


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内側から崩れようとしている国

木村
1979年の米中国交正常化にともない米国と国交を断絶されて世界の孤児となった台湾政府が、自国はハイテク産業に特化させて生き残るしか道はないと判断するわけですね。そこでジェネラル・インストゥルメントを退社した在米華人のモリス・チャンに目をつけて彼を台北に招いて工業技術研究院の院長に登用して半導体研究を依頼した。モリス・チャンは期待に応えてやがて世界の半導体の9割を製造することになる企業TSMC(台湾積体電路製造)を1987年に設立する。これはまさに国民党一党独裁だった台湾が戒厳令を解除して民主化をした年です。デモクラシーと経済発展がシンクロするという大きな事例です。
目取真
その台湾の発想の根底にあるのは、日本みたいに米国に依存して繁栄にいたったのではなく、自力で独裁から脱却し、民主化を勝ち取っていく中で、東アジアでどう生きていくかを主体的に考える力だと思います。韓国もそうですよ。日本は古い体制を維持することに必死で、変化を生み出すダイナミズムがなかった。製造業が衰退し、農業や林業の担い手もいない。農業従事者の平均年齢はもう70歳を超えています。10年もすれば主食である米すら作れなくなる。日本という国は外から攻撃されるのではなく、内側から崩れようとしているのが現実です。

プロフィール

目取真俊(めどるま しゅん、右)

作家。1960年、沖縄県今帰仁村生まれ。琉球大学法文学部卒。1997年「水滴」で第117回芥川賞受賞。2000年「魂込め(まぶいぐみ)」で第4回木山捷平文学賞、第26回川端康成文学賞受賞。2023年第7回イ・ホチョル統一路文学賞受賞。著書:(小説)『目取真俊短篇小説選集』全3巻〔第1巻『魚群記』、第2巻『赤い椰子の葉』、第3巻『面影と連れて(うむかじとぅちりてぃ)』〕(評論集)『ヤンバルの深き森と海より』(以上影書房)、『沖縄「戦後」ゼロ年』(日本放送出版協会)、(共著)『沖縄と国家』(角川新書、辺見庸との共著)。
ブログ「海鳴りの島から」http://blog.goo.ne.jp/awamori777

木村元彦(きむら ゆきひこ、左)

ジャーナリスト。1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒業。アジア・東欧などの民族問題を中心に取材、執筆活動を続けている。著書に『誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡』『悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記』『オシムの言葉』『争うは本意ならねど』(以上、集英社文庫)、『オシム 終わりなき闘い』(小学館文庫)など多数。『オシムの言葉』で2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。

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