対談連載 沖縄にとって「戦後」とは何か 目取真俊×木村元彦
夕凪/PIXTA

第一部 チェコと台湾から沖縄を眼差す

第3回

蔣介石没後50年と鄭南榕没後36年

更新日:2025/08/20

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芥川賞を受賞した『水滴』は勿論、鮮烈な表現で沖縄の痛みや暴力を描き続けてきた作家、目取真俊。作家としての地歩に勝ると劣らず彼を印象付けてきたのは、辺野古や高江たかえにおける地道な抗議活動であった。論陣を張る、デモに参加するといった行動にとどまらず、実際に抗議活動に身を挺し、米軍基地内に拘留された経験さえ持つ作家にとって、文学者が行動することの意味とは何なのか。一方、ジャーナリストの木村元彦は、マイノリティ、民族に関わる広範なテーマを手掛けつつ、亡命や難民支援などを積極的に行ってきた人物でもある。二人の書き手にとって、戦後80年はどのような意味を持つのか。日本が一貫して抱え続ける矛盾、日米の狭間に揺れる沖縄の今とは?
日本の今と戦後の意味を問い直し、文学の意味を模索する徹底討論。

木村
先ほどの話ですが、蔣介石の亡くなったのが、4月5日だったんですね。
目取真
そうですよ。死後50年になるのに何の話題にもならない。
木村
全然知らなかったですね。逆にその二日後の4月7日が、ガソリンをかぶって火をつけて自殺した民主化のリーダー、鄭南榕の命日でそちらの方が話題になっていました。彼が焼身自殺をしたのが1989年で、戒厳令こそ終わっていたんですけど、100%の表現の自由を求めて、自由時代という雑誌をずっと続けて刊行していました。それまでも党外の雑誌を作っては何度も廃刊させられたり、捕まったりしていたんですけど、最終的に89年、仲間の逮捕に連なって自身、編集室に立てこもるわけですが、機動隊が飛び込んでくる直前に抗議の自死をする。4月7日はそれを記念して「台湾の言論の自由の日」と制定されているんですが、蒋介石と鄭南榕の没した日が二日しか違ってないんですね。今年は鄭南榕の追悼式典を新竹でやったようです。当然ながら民主化の父ということで頼清徳総統がそこに出席して「苦労の末に手に入れた民主主義と自由を守り抜く」と賛辞を送ったんです。厳しい時代は、鄭南榕の墓参りに行くこと自体、監視がついていたそうですが、鄭南榕が没した日の扱いというものが、今の台湾の政治を活写していますね。


中正紀念堂に安置された中華民国初代総統・蔣介石の銅像 Timothy/PIXTA

蔣介石が忘れられた国で

目取真
それだけ時代が変化したわけですよね。私たちの世代までは、蔣介石といったらよく知られた人物なわけです。だけど今の若い人からすれば、日本では名前を知らない人が多いでしょう。
木村
かつては蔣介石が掲げる大陸侵攻の一方で、左派の台湾の文化人たちは、統一派と言って大陸、中国共産党と一緒になろうという人たちもいたんですよ。これは外省人に多かった。私は台湾映画のフィルムコーディネーターの田村志津枝さんからの学びが多いのですが、「人間雑誌」を作っていた陳映真氏などはエドガー・スノーの『中国の赤い星』の輪読会をしたことで逮捕されました。当然、中華民国を正統中国とする国民党政権からは、弾圧されていたわけですが、台湾の独立派というのは、最も厳しい政治犯として国民党と統一派の両方からにらまれていた。それが時代の変化によって、独立を掲げてリアルに国として認められていこうとする動きに変わっていった。転機はやはり李登輝の出現ですね。李登輝になってから台湾の歴史教育が劇的に変わるんですよ。それまで正統中国は我々であるということで、大陸の歴史を教えてたんですね。それが李登輝になってから台湾は台湾の歴史を教えるべきだ、この島国の歴史を教えるべきだということで、過去のオランダやスペインや日本の統治の時代から台湾のアイデンティティを確保しようとなった。日本統治時代に高砂族と呼称された先住民、台湾では原住民と言っていますが、その人たちの参画も始まった。中国の一部の島ではなく、我々は我々として生きていこうということで、殷、周、秦、漢の中国ではなく台湾という島独自の歴史教育が見事に民主化とリンクしていって、今の繁栄があるという気がしますね。

命がけの民主化闘争

目取真
台湾の場合は、ずっと外省人、本省人の問題が大きな問題としてあったわけじゃないですか。白色テロの時代があってですね。
木村
まさに二・二八の。
目取真
二・二八事件もずっと表に出ないような、過酷な独裁政権の時代があったわけですよね。それがやっと終わって、初めて本来の台湾アイデンティティの意識が培われた。もともと台湾にいた人たちが復興の中心となって政治や文化面で活躍していく時代なわけですよね。民主化は長い困難な時代を経て自分たちで勝ち取ったもので、日本みたいにアメリカから与えられたものじゃないから、知識人の在り方、物書きの在り方にしても、日本とは根本から違うと思いますよ。沖縄にいて注意しないといけないと思うのは、自分の中の物差しを東京ではなくして、台湾や韓国などアジア諸国のそれに合わせるということ。アジアの中で日本の戦後は特異なもので、独裁政権とたたかって民主化を自ら勝ち取るのがアジアの多数なわけです。民主化闘争の過程で拷問を受けたり、焼身自殺をする人がいた時代を経て、アジアの国々の今の文学があるわけです。そこと日本の違いを考える必要があると思います。韓国に行くと大学の先生方の中に命がけで民主化闘争をたたかった方がまだいるわけです。いまの日本に人生をかけて市民運動と深くかかわっている大学教員がどれだけいるでしょうか。この違いは大きいですよ。

プロフィール

目取真俊(めどるま しゅん、右)

作家。1960年、沖縄県今帰仁村生まれ。琉球大学法文学部卒。1997年「水滴」で第117回芥川賞受賞。2000年「魂込め(まぶいぐみ)」で第4回木山捷平文学賞、第26回川端康成文学賞受賞。2023年第7回イ・ホチョル統一路文学賞受賞。著書:(小説)『目取真俊短篇小説選集』全3巻〔第1巻『魚群記』、第2巻『赤い椰子の葉』、第3巻『面影と連れて(うむかじとぅちりてぃ)』〕(評論集)『ヤンバルの深き森と海より』(以上影書房)、『沖縄「戦後」ゼロ年』(日本放送出版協会)、(共著)『沖縄と国家』(角川新書、辺見庸との共著)。
ブログ「海鳴りの島から」http://blog.goo.ne.jp/awamori777

木村元彦(きむら ゆきひこ、左)

ジャーナリスト。1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒業。アジア・東欧などの民族問題を中心に取材、執筆活動を続けている。著書に『誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡』『悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記』『オシムの言葉』『争うは本意ならねど』(以上、集英社文庫)、『オシム 終わりなき闘い』(小学館文庫)など多数。『オシムの言葉』で2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。

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