『テクノ封健制』を読む 挿画:藤嶋咲子

第6回

『テクノ封建制』を読む 大澤真幸先生インタビュー【後編】

更新日:2025/07/23

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現在の米中対立は「クラウド領主」をめぐる覇権抗争だ!

――終盤には、テクノ封建制からの脱却案も提示されています。
大澤 バルファキスの筆致には誠実さを感じますね。そこまで「テクノ封建制はこんなにひどい!」と分析してきたわけだから、「じゃあどうしたらいいのか?」という疑問が当然ながら読者からは出ます。それに対して彼は、完全な解決策とまではいかないにせよ、一つの方向性、ある種のオルタナティブな社会像を示しています。
 きっかけとなるエピソードも巧みです。ある日、パブで自称「筋金入りの保守派」のイギリス人に、「もし現状が気に入らないなら、なにと取り替えるんだ? それはどう機能する? さあ、いくらでも聞いてやる。俺を納得させろ」(『テクノ封建制』p.237-238)と言われて、彼はまったく答えられなかった。
 いまの日本でもよくネットなどで見られる、「文句を言うなら代案を出せ!」というやつですね。その言葉がずっと引っかかっていて、本書の提案につながっていくんです。
 ネタバレになるのであまり詳しくは言いませんが、本の終盤では、たとえば企業を生産協同組合のような形にして民主的に運営する、という構想をスケッチしています。これはそれまでの封建制的構造の分析とは少し切り離されていて、どれだけ実現可能かという議論は別にあるでしょうけれども、「問題提起だけで終わらせない」という点において、非常に意義のある部分です。
 最後にもう一つ言い添えておくと、この本は現代社会を理解するうえでも実によい示唆を与えてくれます。たとえばいま、米中対立が重要な国際政治の軸になっているわけですけど、それがどうしてなのかということもこの本の視点から答えが見えてきます。
 つまり、真にグローバル規模のクラウド領主、つまり全世界レベルでユーザーを持つウェブ・プラットフォームサービスの所有者というのは、実質的にはアメリカと中国にしかいない。もちろん中小のプラットフォームは他国にもありますが、本当に世界規模で覇権を争えるレベルのプレイヤーはこの二国にしかいないんですね。
 だからこそ、現在進行形で深まりつつある米中対立の背後には、クラウドをめぐる覇権争いがある。相手を「グローバルな覇権的クラウド領主」にさせないための闘いが進行しているのだという見方は、非常に腑に落ちます。
 こうした枠組みに沿って考えると、いまの政治や経済の動きも一段とクリアに見えてくる。そういった意味でも、この本は単なる理論書ではなく、現代社会を読み解くための強力な視点を与えてくれる一冊だと思いますね。

(終)

著者プロフィール

大澤真幸(おおさわ・まさち)

社会学者。1958年生まれ。個人思想誌「THINKING「O」」主宰。『ナショナリズムの由来』で毎日出版文化賞を受賞。『自由という牢獄』で河合隼雄学芸賞を受賞。他の著書に『〈世界史〉の哲学』シリーズ、『不可能性の時代』『〈自由〉の条件』『生権力の思想』『三島由紀夫 ふたつの謎』『社会学史』『経済の起源』『この世界の問い方』『資本主義の〈その先〉へ』『我々の死者と未来の他者』など多数。共著に『ふしぎなキリスト教』『おどろきのウクライナ』など多数。

関連書籍

『テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。』

ヤニス・バルファキス 著/斎藤幸平 解説/関美和 訳(集英社、2024年)

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