『テクノ封健制』を読む 挿画:藤嶋咲子

【前編】

『テクノ封建制』を読む

更新日:2025/06/04

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 いま「テクノ封建制」という言葉が、時代を読み解くキーワードとして注目を集めている。ギリシャの経済学者であるヤニス・バルファキス氏が提唱しているもので、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)などの巨大テック企業が私たちからサービス料や手数料などをピンハネすることで富を集積し、きわめて強力な存在として君臨するようになった経済システムを指す。資本主義の行き詰まり、世界レベルでの格差拡大、米中新冷戦の激化、そしてトランプ大統領とイーロン・マスクらテック富豪との蜜月関係などの背景を解き明かしてくれる、2020年代の世界を考えるうえで最重要のキーワードだ。
 この概念を打ち出した書籍『テクノ封建制』を絶賛している一人が思想家・内田樹氏だ。内田氏が考える本書の新しさとは? インタビューの模様を前後編に分けてお届けしたい。(構成・斎藤哲也)


内田樹氏(撮影:三好妙心)

●10代から後期高齢者まで、誰が読んでも面白い

――最初に、『テクノ封建制』を読んだ感想を率直にお聞かせいただけますか。
内田 バルファキスの本を読むのは、これで2冊目になります。「息子が父親に向かって、世界の変化について説明する」という設定がとてもいいですね。しかも彼の父親は、筋金入りのマルクス主義者でかつエンジニアです。面白いのは、そんな父親が「良識」の基準になっていることです。つまり、物語や幻想に対して最も強い免疫を持っているような、理科系的な思考をする人を読者として想定して、その人に向けて書いている。
 読んでいると、僕は自分がこの父親とダブるんですね。噛んで含めるような息子の説明を、読者である僕は「ほうほう、なるほどね」と頷きながら聞いている。その意味で僕自身が読者として想定されているという感じがしました。
 僕も古風なマルクス主義者ですから、バルファキスの父親のようなマルクス主義者が良識を代表する存在のように扱われているのは、読んでいて嬉しいんです。「社会はこうでなければならない」とか「人間とはこうあるべきだ」とか、「人としてどう生きるべきか」みたいな、昔ながらの倫理観を持っている人間を想定読者として、現在起きていることを非常に丁寧かつ精密に分析してくれている。そこが本当にありがたかったですね。
 こういう本って、実はけっこう珍しいんです。というのも、今どきGAFAMやビッグテック、新反動主義や加速主義、ピーター・ティール、ニック・ランドなどの最新の話をする人って、基本的には同世代か、あるいは自分より若い読者に向けて書くのが普通だからです。「年寄りは読まなくていいですよ、どうせ話の中味わかんないでしょう」という無意識の読者選別が漏れ出ていて、あまりいい感じがしない。
 それでもそういう本を読んできたのは、若い人たちがいま何を考えているのかを知るためです。でも、「自分は読者として想定されていない」ということはよく感じました。文中に当然みんなが知っているという前提でズラッと並べられる固有名詞がわからない。いま中国のテック・ジャイアントが何をやっているのかなんて僕は全然知りませんし、アメリカの子どもたちがいまどんなゲームをしているのかなんてこともさっぱりわからない。
 そういう点で言うと、今回のバルファキスの本は、「おじいさん」に向けて書いているという設定が画期的にわかりやすかった。「自分が読者に想定されている」という安心感があった。もちろん若い人が読んでもたいへん勉強になる。そういう世代を超えて楽しめる本になっていると思います。

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