ギリシャの経済学者ヤニス・バルファキス氏による世界的ベストセラー『テクノ封建制』が日本でも話題を呼んでいる。
「テクノ封建制」のもとで私たちは「クラウド農奴」となり、デジタル・プラットフォームを寡占するテック富豪たちに「搾取」されているのだという。まるで中世の封建制のような、この不公平な経済システムから逃れる方法はあるのだろうか? 東大名誉教授・石田英敬氏へのインタビュー、後編をお届けしたい。(構成・斎藤哲也)

第4回
『テクノ封建制』を読む 石田英敬先生インタビュー【後編】
更新日:2025/06/25
●「情報の鎖」に繋がれている現代人
- ――石田さんのXでの発信を拝見して、最近特に印象的だったのが、イーロン・マスクがトランプと手を組むことで、テック企業の支配者が政治的権力にまで踏み込んでいる、というご指摘です。ごく少数の人間が、世界を大きく歪めつつあるようにも見えます。そういった「テクノ封建領主」とも言えるような人々の動きについて、率直にどうお感じですか。
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石田 これはバルファキスも語っていることですが、僕たちの世代からすると、インターネットが登場して、スティーブ・ジョブズのような人物が現れた頃から、自分たちの文化や生活がコンピューター・カルチャーと重なっていったわけです。
最初はそれが「誰でも使える道具」みたいな感覚だったんですが、いつの間にか、まったく違った世界が立ち上がってしまった。そしてこの情報革命の進度というのがまた異常に早くて、10年で100年分くらいの歴史的変化が起こるような時代です。
気づいたら、かつてSFの中でしか語られていなかったようなディストピアが、現実のものになっている。もはや「これは何なんだ」と問わざるを得ない状況にまで来ていますよね。
みんなが不安を感じているけれども、「どう考えたら良いのか」という方法がなかなか見つけられない。そういう時代になってしまっている。だからこそ、こうした本が重要になってくるんです。
- ――石田さんは以前から、ルソーをもじって「人間は生まれながらにして自由である。しかし、いたるところでネットに繋がれている」と語ってこられました。この観点から、本書の議論はどのように捉えられますか?
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石田 その言葉は、僕が10年くらい前から話していることなんです。ルソーの『社会契約論』の冒頭に、「人間は生まれながらにして自由である。しかし至るところで鎖に繋がれている」という一節がありますよね。それを引用しながら、「いまの私たちは至るところでスマホに繋がれている」と(笑)。
当時から、これはおかしいんじゃないか、という問いを投げかけるようにしていたんです。今ではスマホだけでなく、さまざまな機器や環境に繋がれている状況があって、それこそが『テクノ封建制』で語られている本質なのではないかと思います。
ルソーが目指したのは「鎖からの解放」でしたが、テクノ封建制はむしろ逆で、あらゆる人が「情報の鎖」に繋がれてしまっている。
- ――まさに現状を表すのにぴったり来る言葉ですね。
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石田 ええ。ただ、ここから話を広げていくと非常に複雑になるのですが、たとえばこの本の中でも「アレクサ」(アマゾンが開発したバーチャルアシスタントAI技術)などの例が挙げられています。人間の環境そのものがインテリジェント化し、部屋があなたの話を聞いているような状況が現実化しつつあるわけです。
僕の専門領域で言えば、それは日常の生活が「サイバネティクス化した世界」であると言います。すべてのツールやデバイスが連携し、自動的・自律的に情報を処理する環境。そういう世界に人間の生活が組み込まれ、日々の営み自体がそうしたデバイスのインターフェースの上で成り立つようになっている。これが現代の情報テクノロジー化された社会の特徴です。