
第5回
『テクノ封建制』を読む 大澤真幸先生インタビュー【前編】
更新日:2025/07/16
努力して働く者が報われない構造
- ――現代社会を「封建制」だと感じている人は少ないような気がしますが……。
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大澤 僕がこの本に大きな価値を感じるのは、まさにその点です。
バルファキスが言うように、資本主義は、客観的に見ればすでに終わりつつある。しかし、僕たちの価値観やライフスタイル、思考の枠組みは依然として資本主義的なんですよね。むしろ、それをフル回転させることで、皮肉にも封建制的な仕組みが強化されてしまっている。
たとえば、僕たちは「成功したい」「何か新しい価値を生み出して儲けたい」と思っている。でも、実際に利益を得ているのは、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)のような、世界規模のウェブ・プラットフォームサービスを展開している「クラウド領主」たちだけなんです。
僕らが持っている成功のイメージは、実は彼らの利益構造を回す歯車として機能してしまっている。そこに、この本のもっとも皮肉にして、もっとも重要な指摘があると思います。
たとえば、僕たちのこれまでの感覚では「働いて稼ぐ」のが当然だと思ってきました。つまり、労働によって利益を得るというのが資本主義の基本的な考え方です。
でも、GoogleやAmazonのような巨大プラットフォーム企業にとっては、主な利益は労働からではなく、ユーザーの無償の活動から生まれている。そこに価値が生まれ、それをもとに「レント(地代、使用料)」を世界中から搾り取ることで儲けているわけです。
Amazonではユーザーのレビューが商品をより魅力的に見せ、ランキングやヒット商品をつくり出し、購買意欲を刺激します。FacebookやGoogle Mapなども、利用者の投稿や書き込む情報が魅力的で、そこから情報を得たいから使う、という人が多いのではないでしょうか。
今や、僕らが資本主義的な意味での成功――良いアイデアを出して稼ぐとか、努力して収入を増やすとか――を目指していても、実はそのような成功の形は、もうすでに成り立たない。というのも、僕たちはもはや資本主義ではない仕組みの中に組み込まれてしまっているからです。
結果的にどうなるかというと、頑張っても「農奴」か、よくて「封臣」――封建領主の下で土地を任されている小領主のような存在――にしかなれない。いくらヒット商品を生み出しても、それをAmazonで売り出して手数料を支払わなければならない、というように。
それなのに僕らは、あくまで資本主義的な成功を夢見てしまっている。そこにものすごくチグハグなギャップがあるんです。つまり、僕たちの主観的な希望と、客観的な現実が完全に噛み合っていない。そのズレが、非常に不幸な状況を生んでいる。
そしてこのシステムの本当に恐ろしいところは、そこだけじゃない。自分では「資本主義的な成功」を目指して一生懸命努力しているつもりなのに、その活動すべてが、逆に「テクノ封建制」を強化する結果になってしまう。そして自分自身はますます報われない、という負の循環が生じているところです。