読み物
第6回 グルメ小説家の悲劇
更新日:2020/08/26
こんな日もある
すいませんが、 昨日の夜からのわたしのスケジュールを読んでください。ここ数日は、こんな感じなんです。
午後10時、仕事場の仮眠ベッドで就寝(寝酒も不要なほど、バッタリ倒れて寝る)。
午前3時30分起床……①。
水分をとる(十六茶の600ミリリットル・ペットボトル)……②。
午前4時30分から、ペットボトルを抱えて鎌倉・由比ヶ浜海岸まで散歩。海岸に着くと、サンダルを脱いで、裸足で歩く……③。
だいたい、この頃、朝日が昇ってくる。由比ヶ浜全体でこの時間帯にいるのは、サーファーが20~30名、他の人たち(観光客の若者+散歩の老人)が20~30名。今年は海水浴場も閉鎖され、海の家もないので、夜には勝手に花火を打ち上げる若者が溢れるが、その割には砂浜にゴミは少ない。
午前5時30分、自宅に到着。家族を起こさないように風呂場に。スクワットを70回(年齢+1)やってから、シャワー……④。着替えて、仕事場に戻る。
午前7時から仕事開始。仕事をしながらケールの青汁+ミネラルウォーター(500ミリリットル)+無糖コーヒー、時々、「チョコレート効果 CACAO72%」……⑤。
午前10時、一回目の食事(朝食兼昼食)は、コンビニ食のアレンジ(byセブン‐イレブン)。「たんぱく質が摂れるおろしの豚しゃぶサラダ」+「小松菜のおつまみナムル」+「6種具材のお豆腐とひじきの煮物」+「だし仕立て!混ぜて食べるねばねばサラダ」+「夏のピクルス 瀬戸内産レモンピール入」に、「本場韓国産キムチ」と「素材の旨みを味わう 極小粒納豆」をかけていただきました。唯一、梅干しだけ、セブン‐イレブンでは売り切れていたので、「ユニオン」の「富之助の南高梅白干し」を追加……⑥。
そして、仕事。
12時から1時間、仮眠。
13時から仕事。
18時、自宅から「れんちゃん便」(長男が自転車でケータリングしてくれるのである)が夕飯を運んでくる。「サンキュー」といって受けとる。今日の夕飯は、「シラス載せ・混ぜごはん」+「厚揚げ入り・水ギョウザスープ」+「ダイコンとオクラのサラダ」+「ジャガイモ・ベーコン炒め」。それに、いつものように「セブン‐イレブン」のキムチとコンブをつけていただく。
21時、もう眠くなってきたので、赤ワイン・250ミリリットルを「素焼きミックスナッツ」(byセブン‐イレブン)でいただいて、寝た……⑦。
最後に目にした時計は21時45分だった。明日はまた、たぶん3時30分頃起きるだろう。お休みなさい……。
どうだろう。作家の生活のいったんをご披露できたのではないかと思う。ところで、もしかしたらお気づきになったかもしれないが、実は、この文章には、多くの「健康法」ないし、健康に関する「叡知」が含まれているのである。その部分に関して、注をつけておいたので、そちらどうぞ。
①「黄金時間睡眠健康法」……どの時間に、どの程度寝るのが、健康にとってもっとも良いのか。この問題に関しては、さまざまな学説が入り乱れているが、いわゆる「黄金時間帯」と呼ばれる22時から午前2時までの4時間が最高である、との説が有力だ。わたしも、自らを実験台にして(仕方なくだけど)、あらゆる時間帯を試してみたが、やはり、この時間帯に寝ると、いちばん身体がラクな気がする(もちろん、そんな「気がする」だけなのかもしれないが)。ところで、睡眠に関しては、どれほど健康に留意しても、わたしのような職業では「締切り」だけにはかなわない。いざというときには、健康を害する可能性があっても、睡眠を切り詰めねばならないのである。しかし、その結果、怪我の功名というか、ふつうの人がやらないような実験的な睡眠さえすることになった(イヤイヤなんだが)。
たとえば、断続的「10分睡眠」だ。そんなことやってどうするんだ! そう思われる方も多いのではあるまいか。わたしもそう思う。けれど、「締切り」ギリギリになって、「残りの時間」と「睡眠時間」を天秤にかけるときが、我々の職業には必ずやって来る。少しでも寝ないと眠くて原稿を書く速度が遅くなる。とはいえ、寝てしまうと、残り時間が少なくなる。ああ、なんという試練なのか(ここで、もっと早く書き出せばいい、なんて、正しいことはいわないでもらいたいです)。
マンガ界の「神さま」、手塚治虫は「締切りぎわの魔術師」としても有名であった。膨大な量のマンガを描きつづけた手塚さんは、いつも締切りと戦ってきた。その様子を撮影したドキュメンタリーを見てびっくりしたことがあるのだが、手塚さんは、「10分」とか「15分」の細切れ睡眠をとっていらしたのである。そんなこと絶対無理! そう思っていたら、今度は、いつの間にか自分がやっていたのだった。なんてことだ。そこのところだけは、手塚治虫並である。
ちょっと関係ないのだが、手塚さんの「締切りぎわの魔術師」ぶりは、ほんとうにすごい。わたしもギリギリだが、手塚さんは、「ギリギリ」すら超えている。
手塚さんの生前、偶然、同じ雑誌で連載をしていたことがある。はっきりいおう、「野性時代」である。手塚さんは、「野性時代」に「火の鳥」を連載していた。わたしも小さなコラムを連載していた。担当編集者は「手塚さん、ほんとに、ギリギリなんだよね」とボヤいたのだが、ついに驚くべきことが起こった。送られて来た雑誌を見ると、手塚さんのところだけ、頁の数(ノンブル)がついていないのである。「どうして?」と訊くと、担当編集者は「手塚さん、ついに締切りが終わるまで完成しなくて、他の部分がすべて印刷された後に入稿したので、手塚さんのところだけ、別に印刷して、完成した部分の最後にギリギリはさみこんだんですよ!」とおっしゃった。要するに「付録」をそのままくっつけて製本したのである。さすが……巨匠。
いや、睡眠法の話だった。もう一つ、わたしが実行している起床法がある。これは、あの手塚治虫でさえやっていないはずだ。あと2時間、あと3時間しか寝られないとき、目の前10センチのところに2台、目覚まし時計を置くのである。心臓に悪そう? いや、これがほんとうに不思議なのだが、起きるべき時間の1、2分前に必ず目が覚めるので、目覚まし時計が鳴る瞬間には、不思議に遭遇しないのだ。これ、もしかしたら、自分でも気がつかないうちに、何度も目を開けて時間を確認しているのかもしれないが。
②水分摂取健康法……水分を摂取する。これもあらゆる健康法に共通する項目だ。一日に1・5リットルぐらいとれればオッケーであるといわれている。だいたい、水を飲んでいるだけで数日は死なないし、そもそも水(分)で腹が膨れて他のものを食べる気がしなくなるし。とりあえず、水!
③足裏健康法……裸足で大地を歩くだけで健康になる、と書かれているものもよく見かける。中には、裸足で歩くことによって、大地のエネルギーを直接、足裏から吸収することができる、とするものもある。そこまで来ると少々眉唾だが、よい結果が得られるなら、それでよし。これもお勧めの健康法だ。確かに、足裏はふだん布(靴下)やらその他の物質(靴やサンダル)で保護されていて、刺激を受けることがない。感覚が鈍っているのは間違いないのである。また足の裏に、さまざまな「ツボ」があることもご存じの通り。わたしは「だまされた」と思って、裸足で歩いているのだが、きわめて気持ちがよろしい。ちなみに、海岸を歩いているうちに、水虫が治ってしまいました。
④スクワット健康法……「スクワット」に関する本は多い。近々、まとめてご紹介するので、楽しみにしていただきたい。スクワットによって、筋肉の量が増し、基礎代謝が上がることは確かなようだし、ふくらはぎは「第二の心臓」と呼ばれて、心臓に向かって血液を循環させてゆくポンプの役目も果たしているといわれている。また、それ以外にも、スクワットによって他の筋肉(背筋や腹筋)が増量し、その結果、腰痛が緩和するという副次的効果があったのである。スクワット様々だ。「死ぬまで歩くにはスクワットだけすればいい」というタイトルの本まであるのだ。わかりやすいなあ。
⑤、⑦ポリフェノール健康法……ポリフェノールを摂取すると心臓病が減るというのは、もはや健康オタクにとって常識だが、その代表が、カカオと赤ワインということになる。いうまでもなく、カカオはポリフェノール含有量が高い健康食品なのだが、チョコレートには砂糖という、健康の天敵も含まれている。「愛と憎しみ」の二重奏、それがチョコレート……。なので、当然、カカオの量が多い(=砂糖の量が少ない)チョコレートを選択することになる。その限界は、「カカオ72%」ではないか。カカオがこれを超えると、ちょっと苦くて食べられません……。ちなみに、この「チョコレート効果 CACAO72%」(meiji)は、近年、コンビニにおけるお菓子の最大のヒット作の一つなのだ! そして……。いや、これを読まれた読者の中には、だったら、チョコレートを食べながら赤ワインを飲めばいいんじゃないか、とおっしゃる方もいるかもしれない。でも、それは個人的にちょっと……。
こんなふうに、ここ数日、わたしの一日の生活の中に含まれている「ダイエット法」あるいは「健康法」について紹介してみた。おそらく、何日かたてば、また、別の「ダイエット法」や「健康法」が登場しているはずである。何十とある、さまざまな「ダイエット法」や「健康法」を、その日、自分が置かれた状況にもとづいて臨機応変に組み合わせる。これが、わたしが目下行っている「アドリブ健康法」だ。ジャズの即興演奏のように、起きる時間、やるべき仕事、その日の気分によって、変化してゆく「ダイエット法」に「健康法」。そのレシピや組み合わせの秘訣については、おいおい書いてゆきたい。
ところで、⑤も⑦もすべて、近くのコンビニで買ったものだ。もちろん⑥においては、いうまでもなく。我ながら、なんでもコンビニで買うようになったものだ、と感心する。みなさんもそうではないだろうか。自宅で食事をしたり、「れんちゃん便」に届けてもらうものを食べているときはかまわないが、そうではないときは、コンビニに頼る。はっきりいって、わたしは、もはやコンビニとは思っていない。少し離れたところにある「冷蔵庫」、それがコンビニだ。そう思っていらっしゃる方も多いのではあるまいか。いや、そればかりではない。もはや、コンビニは、グルメにとって主要な戦場の一つになっているのである。
高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)
1951年広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。1981年、『さようなら、ギャングたち』で作家デビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞を受賞。
主な著書に『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』、『恋する原発』、『銀河鉄道の彼方に』、『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』などの小説のほか、『ぼくらの文章教室』、『ぼくらの民主主義なんだぜ』、『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』、『お釈迦さま以外はみんなバカ』、『答えより問いを探して』、『一億三千万人のための『論語』教室』、『たのしい知識──ぼくらの天皇(憲法)・汝の隣人・コロナの時代』、『「ことば」に殺される前に』、『これは、アレだな』、『失われたTOKIOを求めて』、『居場所がないのがつらいです』『だいたい夫が先に死ぬ これも、アレだな』など、多数ある。