第2回
共に生きる
更新日:2024/03/27
- 変形菌ファーストの生活
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「ボクは5歳のときから変形菌が好きで……」と話しだすと、エッという顔をする方が多く、「変形菌と暮らして17年になります」と言えば感心されたり、呆れられたり。我が家はミクソヴァース=変形菌の生きる世界でいっぱいなのです。この「変形菌生活」のお話をしようと思います。
様々な生きものが世の中に存在し、そのどれもが異なる生き方をしています。神田川の流れにスッと立つコサギ、ジョロウグモの網は金色に輝き、見上げれば夕陽に赤く透けるアブラコウモリの羽。幼い私は東京の住宅地で、アドベントカレンダーを開けていくような毎日を夢中で過ごしました。
5歳のときのこと。テレビの自然番組で偶然目にした変形菌の映像は、私の「生きもの心」を鷲掴みにします。優雅に動き回るその姿。
「こんな不思議でかっこいい生きものがいたのか!」
6歳になると森から変形菌の変形体を連れて帰り、家で飼育するようになります。微生物業界では「培養」なんて言葉を使いますが、私にとって変形菌は「飼育」の方がしっくりきます。ご機嫌をうかがい、居心地がいいように整え、お気に入りの餌をやり、ウンチの掃除をし、変調がないか常に気を配る——そんな毎日は、イヌやネコと共に暮らす感覚と変わらないように思うのです。だから変形体たちのことを、つい「うちの子」などと呼んでしまうのでした。
飼育箱ひとつから始まった変形菌生活は拡張の一途をたどり、何年か経つうちに100箱を超えました。家の温度調節は変形体の好み優先、家でいちばん「いい場所」は変形体に。旅行は、大きなクーラーボックスに「うちの子」たちを収めて父のクルマで移動する。そんな生活を続けてきました。
思い返せば、私は「変形菌のいない生活」の方こそ知らないのです。 -
「うちの子」たちと 左は2014年、13歳のとき。当時、不可能とされた野生の様々な種の変形体の飼育を次々と成功させ、大家族化の一途をたどった。右は2020年、19歳。変形菌生活は続く。
- おっちょこちょいもいれば、しぶとい子も、おっとりさんもいる
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変形体たちを毎日見つめていると、いろいろなことに気づきます。「種(しゅ)によって動き方が違うような気がする」——これが7歳のときに始めた最初の実験のきっかけでした。以来、今日に至る私の変形菌研究は、すべてその延長上に連なる「大河もの」だと言えます。
変形体は色の違いこそあれ、アメーバ状の「あの感じ」はどの種もそっくりです(だから変形体の形態だけでは、変形菌の種は同定できないとされています)。
でも長年付き合っていれば、それぞれのキャラクターもわかってくるというものです。大食いで大胆に動き、傷ついてもすぐ修復してしまう強さがあり、だけどおっちょこちょいで敏感なところもあるイタモジホコリ。繊細な作りでゆっくりとしか動かないけれど、気が強いようなところがあり、なかなか子実体に変身せず生き延びる、しぶといアカモジホコリ。太くておっとりしていて、ちょっと鈍くて、ひ弱なところもあり、どんどん子実体に変身してライフサイクルを回していくチョウチンホコリ。変形菌自体、他の生物とは相当に生き方が異なりますが、変形菌のなかまの間でも種ごとに生き方やキャラクターがかなり違うようなのです。 -
変形菌イタモジホコリの変形体 飼育箱のフタにうっかり登ってしまい、はっと我に返り、「もうここはいやになった」とばかりに、だらーんとだらしなく垂れ下がるのだった。おっちょこちょいな子。 - 2023年の夏、エストニアで開催された変形菌の国際学会で研究成果を披露したら、「変形体を観察するだけで、そんなにもいろいろなことがわかるのか!」と驚きをもって受け止められました。世間一般の人々からはどれも同じようだし、動くようにも見えないし、「生きものに見えない」と言われがち。そんな変形体ですが、本当におもしろいところがいっぱいなのです。そのお話をしていきましょう。
- 1 ÷ 2 = 2 そして 1 + 1 = 1 ?——さあ、研究をしよう!
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変形菌の変形体にはすごい特技があります。1匹(1個体のことを、私はあえてこう呼びます)が切れて分かれると、2匹としてそれぞれ生きていけるのです。でも本当にすごいのはその先。2匹が再び出会うと、くっついて1匹となれるのです! 1匹を切ると2匹になる生きものとして知られるプラナリアでも、2匹が1匹になることはできません。
人間には到底マネできないこのすごい能力に、私は特に強く惹かれました。
2匹の変形体は互いに接近すると「あなたは私になれる?」と問いかけるように、じっと動きを止めてしまいます。ときには数時間も。そして「ひとつになる!」と決意したかのように進みだせば、あっという間に双方の細胞膜が融け合って、やがて全体が1匹として行動し始めます。でも、相手のことを「くっつけない!」と判断したなら、向きを変えて去っていきます。 -
変形菌イタモジホコリの変形体2匹 両者が接近し、ピタッと動きを止めて互いの様子をうかがっているところ。「くっついてひとつになれるか」を判断しようとしていると考えられる。こういうところが、かっこいい。『変形菌ミクソヴァース』より - この「自己と他者を見分ける力」に夢中になった9歳の私は、(当時のコトバで言うと)「変形菌の自分と他人の境目はどこにあるのだろう」という問いを解きたいと望み、様々な実験に取り組むようになりました。それは私が今日も続けている「変形体の自他認識行動の解明」研究の始まりでした。
- すべての源泉、変形菌生活
- 6歳から変形菌と共に暮らして17年。苦労もありましたが、「うちの子」たちはたくさんの楽しみを、そしてたくさんの気づきを、知りたい!研究をしたい!という動機を与え続けてくれました。研究活動の舞台はフィールド(変形菌のいるところ、どこでも)や、現在では研究所が中心となっていますが、その原点であり、基盤でもあり続けているのは今も「変形菌生活」なのです。
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- 著者プロフィール
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増井真那(ますい・まな)
2001年東京生まれ。変形菌研究者。5歳で変形菌(粘菌)に興味を持ち、6歳から野生の変形菌の飼育を、7歳から研究を始め、9歳から現在まで「変形菌の自他認識」の解明に取り組み、「自己」の理解を目指す。日本学生科学賞内閣総理大臣賞など受賞多数。16歳で『世界は変形菌でいっぱいだ』(朝日出版社)、20歳で『変形菌ミクソヴァース』(集英社)を上梓。17歳で国際学術誌に論文が初掲載された。講演、メディア出演など変形菌の魅力を広める活動にも力を入れる。慶應義塾大学先端生命科学研究所所属。公益財団法人 孫正義育英財団 正財団生。
https://mana.masui.jp