あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第13回

平安時代のボーイズトーク

更新日:2024/04/03

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ドラマ「光る君へ」では、道長を含む4人の貴公子(公任、斉信、行成)が
恋愛や結婚についての持論を述べあう、今でいう「ボーイズトーク」的な
会話を交わす場面がちょくちょく見られます。
実は、「源氏物語」にも複数、そのような場面があるのです。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q13 平安男子も恋バナをしていた?
A13 「源氏物語」には複数みられます。
「光る君へ」第7回では、猫を探しに行ったまひろが、思いがけず男性たちの本音トークを聞いてしまって、ショックを受けるシーンが描かれていました。「源氏物語」の読者にとっては、帚木巻の「雨夜の品定め」を思い出させるシーンでもありました。

 男たちが、男ばかりの場で女性の噂話や結婚観など、本音をのぞかせるという場面は、「源氏物語」には他にもいくつかあります。

 若紫巻では、光源氏の従者である良清が、明石君(のちに光源氏と結ばれる)の噂をし、光源氏をはじめ同席していた男性たちはみな、「竜王の后にでもなろうというのか」などと、その境遇に不相応な気位の高さを嘲笑しています。

 また宇治十帖では、浮舟に求婚してきた左近少将という人物が、浮舟が常陸介の実子でないことを知り、「自分はあくまで財力があって頼りがいのありそうな常陸介に婿入りしたいのであって、美しい女や上品な女を妻にしたいわけではない」とあけすけな本音を漏らすシーンなどもあります(東屋巻)。

 貴族男子によるここまでのあからさまな本音トークは、他の文学作品にはあまり例がなく、「源氏物語」の特色のひとつと言えるでしょう。紫式部がとても冷静に貴族男子たちを観察していて、それを作品に生かし、よりリアリティのある世界を作り上げたと見ることができます。

 では、現実に紫式部がおそらくもっともじっくり観察し得た貴族男子、藤原道長は、どのような結婚観を持っていたのでしょうか。

「栄花物語」巻八「はつはな」には、彼の結婚観を表しているとして有名な「男(をのこ)は妻(め)がらなり。いとやむごとなきあたりに参りぬべきなめり」(男子の価値は妻次第できまる。高貴な家に婿として行くのがよいだろう)という言葉が出てきます。

 道長の正妻・倫子(りんし/みちこ/ともこ)は、左大臣・源雅信(みなもとのまさのぶ)の娘。雅信は宇多天皇の孫でもあり、地位血筋ともに「やむごとなきあたり」です。母の穆子(ぼくし/あつこ/むつこ)が正妻であることも注目されます。

 道長が生まれた康保3(966)年から、はじめて大臣になった長徳元(995)年までの間に、大臣をつとめた人は15人(道長は除く)いますが、ほとんどの人が、正妻との間に生まれた娘を天皇か皇太子、あるいは親王と縁づけています。

 一方、道長の父・兼家(かねいえ)や祖父・師輔(もろすけ)、あるいは兄・道隆(みちたか)らの正妻には、現職大臣とその正妻を両親に持つ倫子のような女性は見当たらず、むしろ父は四位、五位くらいという人の方が目立ちます。現代風に言うなら道長は一族男子の中でも抜きん出て、「とんでもない逆玉の輿」に乗ったことになります。

 のちのちの栄達を思うと、本来なら後宮に入るべき女性を妻にできたことが、まさに道長にとっての幸運のスタートであったのは間違いなく、「男は妻がら」は、我が身を振り返っての深い感慨だったのでしょう。

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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