あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第11回

紫式部の原稿料

更新日:2024/03/20

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

「源氏物語」は千年の時を超えて、世界中で読まれているロングセラー小説です。
執筆している当時でも大人気。ということは、
紫式部はたくさんの原稿料や印税をもらっていたのでしょうか?
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社刊)
の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q11 紫式部は「原稿料」をもらっていた?
A11 作家に支払われる「原稿料」は、江戸時代までありませんでした。
 現代の「作家」と呼ばれる、文筆を仕事にする人(私自身もそうですが)は、印税や原稿料などの名目で、書いた文章をお金に換えています。

 しかし、こうした「書いた文章にお金が払われる」のが当たり前になったのは江戸時代。版画の普及によって、書物の大量生産が可能になって以後のことです。それも、はじめのうちは「仕事」とはみなされず、気まぐれに謝礼が渡される程度だったとか。

 一説には、原稿料や印税を版元ときちんと契約し、その収入によって生活が成り立った日本で最初の作家は、曲亭馬琴(きょくていばきん、1767~1848)だと言われています。

 紫式部ももちろん、原稿料をもらってはいなかったでしょう。では、彼女の暮らしを支えた「収入」はなんだったのか。

 父・藤原為時(ためとき)や、夫の藤原宣孝(のぶたか)には、貴族としての「位」や「官職」による収入がありました。ただ宣孝には他に妻があり、紫式部とは生計を一つにしていなかったと思われるので、女房づとめに出る前の彼女は、いわばずっと父の扶養家族でした。

 藤原彰子(しょうし/あきこ)のもとに仕えてからは、女房として収入があったはずですが、残念ながらこの実態はよく分かっていません。

 天皇に仕える宮中の女房たちの場合は、律令制度に則った収入が決められていましたが、紫式部の時代には制度どおりに支給されていたかどうか、不明だとの説があります。

 彰子の女房の場合、事実上の雇い主は道長です。中には、宮中で何らかの役職を得る例もあったようですが、紫式部がそうした立場にあったかどうかについては、いまだ研究者の議論の分かれるところです。

 ただ、当時の文献には、女房たちが折に触れて主家から「禄(ろく)」をもらう場面がよく出てきます。これは貨幣ではなく、衣類が最も多く、他には香炉(お香もセット)などの例もあります。女房たちのつとめは住み込みが基本で、「食住」は保証されていますから、あとは必要な「衣」を現物支給というわけでしょうか。衣類なら、自分で使わない物を他の何かと交換することも容易でした。

「紫式部日記」には、彰子から筆、硯、紙などの文房具をたくさん支給される場面があります。また、清少納言も「枕草子を書くことになったのは、定子(ていし/さだこ)さまから白紙をたくさん綴じた冊子をもらったから」と書いていますので、才能にふさわしい「禄」の例と言えるでしょう。

 男親を失い、女房づとめにも出られない、結婚もしたくない場合はどうするのか――こんな疑問を持つ人もいるかもしれません。

「源氏物語」朝顔巻では、斎院(さいいん、賀茂神社に巫女として仕える斎王=さいおう)を引退したあとの姫が、自分に遺された財産で、女同士寄り添いながらなんとか余生を暮らしていこうとする姿勢が点描されています。興味のある方は拙著『フェミニスト紫式部の生活と意見』の、第六講をご一読ください。

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

好評発売中!

目からウロコの新解釈!
「源氏物語」のイメージが変わります!

『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.