あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第7回

平安時代の宴会メニュー

更新日:2024/02/21

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NHK大河ドラマ『光る君へ』により平安ブーム到来!?
十二単などの装束や几帳や屏風などの調度など、当時の風俗を味わえるのもうれしいですね。
そんな中、しばしば飲食の場面も出てきます。
当時の貴族は宴会では何を食べ何を飲んでいたのでしょうか。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社刊)の著者であり、
平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q7 平安貴族は宴会で何を飲食したの?
A7 酒も肴も、いろいろあったようです。

 延長5(927)年に定められた法典「延喜式」には「造酒司(みきのつかさ)」についての条文があり、酒の種類や製造方法についてかなり詳しく書かれています。これによると、現在の日本酒(清酒)の原型のような酒、みりんや紹興酒に近いと思われる酒、甘酒に近い酒など、数種類の酒があったと考えられます。

 肴も、野菜から魚肉にいたるまで、様々なものを食していたことがうかがえます。調理方法も生食(刺身)、羹(あつもの、吸い物)、炙(焼き物)、煎(煎り)、鮓(すし、塩蔵した魚介類を発酵させたもの)、漬物、干物、蒸物、茹物など多様です。鮓にはほやと貽貝(いがい)をあわせたものや鮑(あわび)を使ったものなどもあったそうです(「土佐日記」)。

 今日は有名な例として、「源氏物語」の若菜上で、若い貴公子たちが蹴鞠に興じた後に催された酒宴の様子をご紹介しましょう。
 次々の殿上人(てんじゃうびと)は、簀子(すのこ)に円座(わらふだ)召して、わざとなく、椿餅(つばいもちひ)、梨、柑子(かうじ)やうのものども、さまざまに箱の蓋どもにとり混ぜつつあるを、若き人びとそぼれ取り食ふ。さるべき乾物(からもの)ばかりして、御土器(おんかはらけ)参る。
(上達部に続く殿上人たちは、簀子に円座を召して、気楽に、椿餅、梨、柑子のような物が、いろいろないくつもの箱の蓋の上に盛り合わせてあるのを、若い人々ははしゃぎながら取って食べる。適当な干物ばかりを肴にして、お酒が出される。)
 身分の高い上達部(かんだちめ、三位以上)は廂(ひさし)の間(ま)に入り、それ以下の殿上人(てんじょうびと)たちは簀子に円座(わろうだ)と呼ばれる、藁や菅(すげ)などで丸く編まれた敷物を敷いて座って、宴席の始まりです。

 椿餅(つばいもちい)は餅米(もちごめ)を乾燥させたものを臼で挽いた粉(現代でいう道明寺粉)に丁字の粉を少し加え、甘葛(あまずら)の汁(当時の植物性甘味料)で練ったもの。椿の葉二枚で包んで提供したのでこの名で呼ばれます。梨や柑橘類などとともにこれが盛り合わせてあって、蹴鞠を終えたばかりで空腹の若い人たちがこれらを喜んで食べた。それから土器(かわらけ)に入った酒が運ばれてきたというのです。

「乾物」は、魚介類の干物。「源氏物語」では具体的な魚介が示されていませんが、「今昔物語集」巻二十八の五には鯛、鮭、鰺で作られた例が見られます。塩気でさぞお酒がすすんだことでしょう。

 こうした席では、飲食物を多めに出し、残りを使用人たちに下げ渡すのが習慣だったようです。宴の多い、裕福な家に仕えるほど、豊かな食生活が送れるわけです。

 ちなみに、藤原道長の長兄、道隆はお酒が大好きで、時に酔って人前で冠を脱いでしまうほど羽目を外した(ドラマの第4回でも花山天皇が癇癪を起こす場面で描かれましたが、当時男性が人前で被り物を脱ぐのは絶対NGの振る舞いでした)などのエピソードが「大鏡」などに伝わっています。ただ飲み過ぎがたたって飲水病(いんすいびょう、現代で言う糖尿病)になり、43歳の若さで死んだのはそのせいだと言われています。

 道長は道隆よりは身体に気をつけていたようですが、家系もあるのか、やはり晩年は飲水病で苦しんだようです。

◆参考文献:八條忠基『詳解『源氏物語』文物図典: 有職故実で見る王朝の世界』(平凡社)

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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