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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

十七年ぶりのヨット

更新日:2019/01/09

 この十月、来年の探検のために久しぶりにニューギニア島をおとずれた。十七年ぶりのことである。
 ニューギニア島はグリーンランドに次ぐ世界で二番目に大きな島で、百人中九十九人から「パプアニューギニアですか」と聞かれる。だがニューギニアは島の中央に縦線が一本ひかれて二つの国家に分断されており、東半分はパプアニューギニア、西半分がインドネシアのパプア州である。私が訪れたのはインドネシア側のほうなので、件(くだん)の質問には「いいえ、ちがいます。インドネシアのパプア州です」と丁寧に答えることにしている。非常にややこしく、私としても、いっそ統合してもらいたいと思わないこともないのだが、現実は別の国家なので仕方がない。
 ジャカルタから飛行機を乗り継ぎ、パプア州の州都であるジャヤプラにはいった。経済発展著しい東南アジアの国なので随分様変わりしていることを予想していたが、街中の風景は案外時間の経過を感じさせない気がする。正直、十七年ともなるとあまり鮮明な記憶は残ってないが、歩いているうちに所々でかつて見た風景がよみがえってくる。
 はっきりと、ああここ来たなぁと思い起こされたのは、旅行許可証をもらいに警察署へ向かう途中で通過した港の風景だ。
 岸辺に芝生と柵のある市民公園風の広場がある。
 十七年前の遠征隊は隊長の登山家と女性歌手、そして私の三人というへんてこりんな組み合わせで、日本からはるばるヨットでこのニューギニアまで海をわたってきた。港に入ると錨を下ろし、たしかどこかそのへんの漁民にお願いしてボートで着岸した。そんなことすっかり忘却していたのだが、目の前の芝生広場を見たときに、そうだ、この広場からジャヤプラの町に向かったんだ、と眠っていた記憶がはっきり思い起こされたのである。
 懐かしくなって、当時ヨットを停泊させた場所を見に行くと、驚いたことに別のヨットが停まっていた。私たちが乗っていた船より若干大きな二本マストのヨットで、艤装もしゃれており、使い込まれた様子が伝わってくる。ニューギニア島に来る航海者などさほど多くないはずだ。あの船の持ち主も私たちと同じもの好きな旅人なのだろう。
 どこから来て、どこに向かうのか。そのヨットを見たとき、自分の内面に、海という空間と海を舞台にした物語の時間が一気にひろがるのを感じるのだった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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