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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

象の研究者

更新日:2018/12/26

 来年の探検計画のため十月にニューギニア島(インドネシア・パプア州)にむかったが、出国の際のチェックインカウンターで衝撃の事実が発覚した。なんと、予約していたチケットが前日のもの。つまり十月六日に出国するつもりでいたが、購入したのは同五日のチケットだったのだ。
「あの~あなたの予約は昨日の便なんですが」
 不寛容、閉塞、自己責任、冷笑主義。様々な言葉で形容されるこの世知辛い現代社会。勘違いで飛行機を乗り過ごした憐れな乗客を救済してくれるような博愛主義はすでに消失しており、結局、私は翌日のチケットを再購入する羽目となった。
 その日は暇になったので、見送りにきてくれた妻子をともない、〈市原ぞうの国〉という動物園にむかった。
 思わぬ休日をすごすのに象園をえらんだのには理由がある。じつは私は将来娘に象の研究者になってもらいたいのである。
 おかしなことを言う人だと思われる方もいらっしゃるかもしれない。たしかに以前、私はこの連載で、娘には将来ゴリラの研究者になってもらいたいとの夢を語り、せっせと上野動物園に足をはこんでゴリラと対面させているよし、記した。しかしあまりに「ゴリラの研究者になれ、ゴリラの研究者になれ」との洗脳が激しすぎたのか、三歳のある日、彼女は突然私に「ゴリラの研究者にはならない」ときっぱり明言したのである。よくよく話を聞いてみると、猿は可愛くないのでそもそも嫌いなのだという。生理的嫌悪感をかんじるというのである。
 そこまでいわれると仕方がない。私はその時点でゴリラの研究者路線は変更し、象の研究者を推奨することにした。たしかに絵本のチョイスなどでも娘はゴリラものより象ものを偏愛する傾向があることに私は気づいていた。娘は象が好きなのだ。あの優し気なまなざしが好きなのだ。それに象は面白い。フランス・ドゥ・ヴァール『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』によれば、象はとんでもなく大きな脳を持っているが、どのような認知能力を有しているかは未解明なところが多く、動物行動学のフロンティアであるという。象は未知でもあるのである。
 それに何より象はアフリカにいる。私が娘にゴリラの研究者になってもらいたかったのは、娘がフィールドワークに行くときに一緒に自分もついて行き、アフリカ旅行を堪能したかったからである。象ならば娘と一緒にアフリカの自然を観察するという夢を現状のまま保持できるというわけだ。
 娘に意思確認すると、象ならば問題ないとの旨、返答した。
 というわけで象園にむかった。娘は象に餌をあたえるなどして心と心のふれあいを楽しんだようで、私も満足した。飼育されている象のほとんどがアフリカ象ではなくアジア象であることが少し気になったが。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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