読み物
冬のカナック
更新日:2017/02/08
カナックはチューレ地区とよばれる北西グリーンランドの中心地だ。人口は六百人ほどだろうか。赤、緑、青色の小さな可愛らしい木の家が寄り集まっているほかは、スーパーや公的施設などがわずかにあるだけの小さな集落である。チューレ地区では今も犬橇(いぬぞり)が冬の間の交通手段として使われているため、集落のなかはいたる所でイヌが繋がれている。冬が深まり海氷が十分に結氷すると、犬たちは村の前の海氷の上に繋がれて、アザラシ狩りやオヒョウ釣りの際の足として活躍することになる。
私が二〇一六年の冬、カナックに入ったのは十一月二日のことだった。この四年ほど準備してきた極夜の探検をおこなうためだ。北極圏は冬になると数カ月にわたって太陽が昇らない長い夜の季節をむかえる。それが極夜だ。この長い夜の季節にイヌを一頭つれてできるかぎり北に向かって旅して、そして数カ月ぶりに昇る太陽をこの目で見てみたい、というのが旅の目的である。
カナックは十月下旬にすでに極夜の時期に入っていたが、まだ極夜に入りたてなので、昼の六時間ほどは地平線間近まで昇る太陽の影響でかなり明るい。予想より明るい時間が長いことに私は内心ホッとしていた。のっけから真っ暗じゃあ、お先も真っ暗。暗い中を旅するのが目的とはいえ、気分は沈む。何しろこれから冬至に向けてどんどん暗くなっていくのだ。
低気圧が接近した影響で天気が悪く、カナックでは五日間も足止めをくらった。旅の出発地点はカナックから直線距離で約五十キロ離れたシオラパルク。人口三十人ほどの、カナックよりはるかに小規模な猟師村である。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。