読み物
橇 その2
更新日:2017/02/22
カナックで撮影した写真をもう一枚。地元の人が犬橇(いぬぞり)に使う橇の写真だ。
橇はイヌイットの言葉でカムチという。昔は流木やカリブーの骨、地域によってはコケや魚を凍らせて使ったといわれるが、現代ではもちろんそんなプリミティブな橇作りをする人はおらず、ピシニアフィックというスーパーで木材やプラスチックのランナーを買って電動ドリルを使って組み立てる。
適当に作っているように見えるかもしれないが、イヌイットは限られた資源で生活道具を制作し極寒の世界を生き抜いてきた知恵の塊のような民族である。橇も長年の英知が結集した非常によく考えられた実用品だ。例えば横げたとランナーは釘を打つのではなく、細いロープ(写真の橇だと緑のロープ)でがっちりと結わえている。ロープで結んでいるだけなので岩や氷にぶつかっても橇はぐにゃりぐにゃりと曲って衝撃を逃がす。高層ビルの耐震構造みたいなものだ。滑走面前部のカーブもうまく衝撃を吸収する角度が保たれており、この辺は素人が真似しようと思ってもできるものではない。また滑走面の板を内側に傾けることで直進性も保持している。
私もこのイヌイット型の橇で旅をしているが、最初は作り方だけ真似して日本で制作して現地に持っていった。ただやはり橇の微妙な傾斜角などがダメだったみたいで、シオラパルクの村人に笑われた。結局、今は地元の人に教えてもらいながら作った橇を使って旅しているが、どっちにしても橇引きは重労働なので正直違いはよくわからない。たぶん今の橇のほうがイヌイットの英知が結集しているだけに、効率のいい設計になっているのだろう、と信じている。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。