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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

シロクマ狩り(ウーマンナ編)

更新日:2026/06/10

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 モーリサッ周辺は結氷域がせまく、わりと近くで氷が開いて海原が広がっている。セイウチがいるのはこのような海氷と海の境目だ。またシロクマの多い土地柄でもある。今回の小旅行の目的は犬の訓練もさることながら、地元猟師によるセイウチの呼吸口狩りやシロクマ狩りを見ることだった。今年は動画用の360度カメラも用意したのでその様子を撮影したい。
 それなのにカヨラングアはさっぱりやる気がない。セイウチは秋にたくさん獲れて肉が余っている。シロクマも1月に獲れたやつの皮の処理が終わっておらず、もう1枚やるのは大変だという理由で誘いにのってこないのだ。それより必要なのは家の燃料で、灯油があと100リットルしかない。ここから犬橇(いぬぞり)で2日のところに大量の燃料が置き去りにされた備蓄所があり、そこまで取りに行かなければならないという。
 個人的には行ったことのない地域だし、地元民と一緒に犬橇の旅をするのは、それはそれで楽しいので、「じゃあオレが一緒に行って手伝うよ」と返答すると、カヨラングアはニヤッと笑った。見たところ今シーズンはまだ犬をさほど走らせていないようで、私が来るのをあてにしていたのだろう。それに途中でシロクマがあらわれるかもしれない、という淡い期待もあった。
 淡い期待が濃厚な期待にかわったのは出発の2日前だ。1日目の宿泊地として予定していたウーマンナという米軍基地の隣にある廃村に、シロクマが出ているという情報がよせられたのだ。それまで「シロクマはほしくない」と言っていたカヨラングアの目の色がこれで変わる。すぐ近くに獲物がぶら下がっていたら何はともあれ獲りたくなるのは狩猟民の本能だ。
 私が先頭でウーマンナをめざす。シロクマがいないか、足跡がないか、膝立ちになって周囲を見まわして進む。おまけにナビゲーションもしなくてはならないし、写真も撮りたいので大変だ。
 ただウーマンナが近づいても有望な足跡はまったく見当たらなかった。ウーマンナの東側の氷河の入江には氷山が多く、シロクマが見つかるのは大抵この氷山帯のあたりらしい。その日の午前中にウーマンナの3キロ沖をシロクマが歩いているという最新情報があったので、たぶんすぐ近くにいるのだろうが、ひとまず氷山をいくつかまわってからそちらにむかおう、というのがカヨラングア隊長の作戦だった。
 ひとつめの氷山には痕跡なし。ふたつめも足跡もなし。みっつめの氷山にむかう途中になると、こりゃやっぱりウーマンナのすぐ近くにいるんだろうなぁ、との思いが強まり、私はそちらのほうばかりを双眼鏡で眺めていた。そして双眼鏡をおろして後ろをふりかえると、カヨラングアが両手を大きく動かして、前方を指さしている。
 え? と思ってみっつめの氷山に目をやると、海氷から4、5メートル上にクリーム色の染みのようなものが見えた。
 あれ、シロクマか? でも、まったく動いてないぞ……?
 このシロクマ、氷山をちょっと登ったところで完全に熟睡しており、われわれのことに気づいていなかったらしい。とりあえず犬を止めなければならないが、声を出しちゃダメだと言われていたのでフック型のブレーキで止めようとしたのだが、これがうまく雪に嚙まず、犬はどんどん前進する。ようやく止まったときにはすでに氷山の100メートル手前で、さすがにシロクマも気づいて動きはじめたところだった。
 逃げられる、と判断したのか、カヨラングアは犬の引綱をナイフで切断し、「ナノッホア(シロクマだ)!」と叫んだ。シロクマは逃げ、カヨラングアの犬が一団となって追いかける。それを見た私の犬も橇を引いたまま一気に突っ走った。ヤバいと思った私は橇に飛びつこうとしたが、たまたま氷山の角に吹きだまった雪の段差で橇が跳ね、私は弾き飛ばされた。
 それからは大混乱だ。動画撮影どころかカメラの電源をいれる余裕もない。氷山の角を曲がるとシロクマはどこかに消え失せており、混乱した犬たちは全頭があらぬ方向に突っ走りいなくなってしまった。私の犬は橇を引いたままいなくなったので手元には猟銃もない。
 何とか大声で呼び戻して犬と合流して氷山にもどると、カヨラングアが麓でたたずみ氷山の上に目を向けている。その視線を追うと、なんと15メートルほど上でシロクマが氷山の縁から顔を出しているではないか。
 アイスクライミングのグレードでⅥ級はありそうな垂直の壁だが、いったいどこから登ったのか? という疑問がわく前に狩猟者としての条件反射で私はライフルをかまえた。その瞬間、「おれが撃つ!」とのカヨラングアの声が響いた。「鉄砲の調子が悪いんだ!」
 マジっすか……と思ったが、隊長が言うので仕方なくライフルをわたすと、カヨラングアは肩に構えて即座に発砲、巨大なシロクマがすごい音をたてて地面に落下した。
 こうしてここ数年来の念願だった地元猟師とのシロクマ狩りについに成功したわけだが、正直なところ喜びより後悔と反省ばかりがこみあげてくる。一番の失敗はもちろん前を走っていたのに発見が遅れたことだ。犬もコントロールできなかったし、撮影にも失敗、おれは本当に猟師としては失格だな、と自信をなくす結果となった。
 ちなみにこの狩りには後日談がある。
 巨大なシロクマの爪をあらたに10本手に入れたカヨラングアは、1月に獲ったクマの爪も含めてすべて米軍基地の兵士に売り払い、かなりの額の現金を手に入れた。その収入で灯油を購入できたため、燃料基地までの旅が中止となってしまったのである。個人的には燃料備蓄所まで行ってみたかっただけに、ちょっと残念だった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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