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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

ナツィリヴィの氷河

更新日:2026/05/27

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 昨年にひきつづき、変わり者の猟師カヨラングアが孤独に暮らす廃村モーリサッをたずねることにした。昨年は結氷が悪く下部が崩壊した昔の氷河ルートを5台の犬橇(いぬぞり)で無理やり越えたが、今年は海氷の状態が例年になく良好で、ナツィリヴィというところにある氷河をルートにできる。
 ただし私はこのルートを使ったことがない。氷と雪にとざされた北極の自然環境はルートファインディングがむずかしく、ただしいルートを外すとハマることが多い。
 友人のカナック猟師に声をかけたものの、皆、オヒョウ釣りで忙しく同行者は見つからなかった。カヨラングアがルートを書きこんだ地図の画像を送ってくれたが、25万分の1の地図ではおおまかな参考程度にしかならない。まあ何とかなるだろと軽い気持ちで出発した。
 シオラパルッを出て、カーナッで1日休養し、翌日、60キロ離れた氷河の麓まで一気に走る。途中で昨年一緒にモーリサッに行ったカラへとクマ・ガービがヒゲアザラシの呼吸口狩りをしていた。「一緒に行こうよ」と声をかけたが苦笑いするだけだ。次の日に氷河を登り始めた。
 峠までは淡々とした登りで何の問題もなかったが、下りで案の定ハマってしまった。地図で予想していたのと全然ちがって、左右の山からいくつも氷河が入りこみ、そのはざまで尾根や谷筋が迷路のように入り組んでいる。こんなにわかりにくいルートだとは想像もしていなかった。
 ともかく谷筋に入りこむとろくなことにはならないので、なるべく左右から流れこむ氷河をうまくつかっていきたいところだが、氷河は広大で先が見えないので、どこからいけばスムーズに下りられるのかさっぱりわからない。地図のラインは向かって左側のほうに描かれていたので、それを信じて左寄りにラインをとったが、山のほうから流れこむ氷河をひとつ乗り越えたところで、結局避けようと思っていた谷筋に入りこんでしまった。
 谷筋は雪が吹き飛び、ツルツルの裸氷がつづく。海水とちがって淡水は塩分の摩擦がないので、雪がないと本当にスケートリンクのようになる。こうしたツルツル氷は踏ん張りがきかないため、犬は極端に嫌う。橇も右に左に大きく振られて岩に激突したりして大変だった。
 結局、モーリサッについたのは日が暮れて真っ暗になってからだった。廃村にともるのはカヨラングアの家の頼りない室内灯だけ。これも見逃してしまい、気づかぬまま1キロほど通り過ぎ、おかしいな……とふりかえったとき、闇にうかぶ人魂のようなぼわーっとした光に気づいてようやくたどりつくことができたのだった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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