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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

イッカクの発酵肉

更新日:2026/03/25

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 向かいの家にすむピピアという私とほぼ同世代の女性が家にやってきて、発酵させたイッカクの皮があるから食べないかと誘われた(ちなみに、このようにぷらっとひとの家を訪ねることを現地の言葉で「プラット」という)。
 ピピアの家をプラットすると旦那さんのトゥーマッハがナイフをチャキンチャキン鳴らして、「食べろ、食べろ」という。床のボール紙には変色して崩れかかったイッカクの皮があり、一見したところ完全に腐敗しているようにしか見えない。トゥーマッハは「うまいぞ。キビヤとおんなじだ」という。こっちの人は発酵食品が大好物で、その代表的なものがアッパリアス(ヒメウミスズメ)という海鳥を発酵させたキビヤなのだが、ほかにもアザラシやセイウチやクジラや鳥の卵など基本的に何でも発酵させてしまい、味については「キビヤとおんなじだ」と表現するのである。
 イッカクの発酵肉を見たのははじめてだ。作り方はキビヤとほぼ同じで、陽がさしこまないように入念に岩をつみあげて周りを囲み、2カ月半ほど放置する。ちがうのは身のまわりを脂でつつんでから岩をつみあげることぐらいだ。外側の黒っぽい皮と中の肉のあいだに脂肪層があり、それがかまぼこみたいに緑色に変色しているところがやや気にかかったが、トゥーマッハがむしゃむしゃ食べているので、私も気にせずナイフで切って口のなかに放り込むと、うん、例によって強烈な臭みのある発酵肉である。ただべっとりとした脂がジューシーな食感を生み出しており、アザラシの発酵肉より旨い。
 残念なのは、このとき奥歯の神経が炎症をおこしていて強烈な痛みがあったことである。イッカクもシロイルカも皮はマッタといってとても美味しいのだが、固くて嚙み切れない層があり、嚙むたびに美味しいのだけど痛い。それでも15センチ四方ぐらいいただき、それなりに腹いっぱいになった。もっと食べたいのだけど、もう食べたくないと思いつつナイフをおいた。
 なお前回イラングアからもらったと書いたセイウチの発酵肉のほうは脂がないぶん、純粋な発酵肉の味を楽しめる。個人的にはイッカクのほうが美味しいと感じた。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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