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読み物


ヒグマの毛皮鞣し
更新日:2026/02/25
カヤック狩猟が終わり、実家のある芦別に車で移動した。時間があったのでその日の夕方に猟場にしている山にエゾシカを獲りに行った。秋のうちに二、三頭獲って、その後一年間の自家消費用の食肉を手に入れるためである。
ところがその日に獲れたのはエゾシカではなくヒグマだった。
猟場に向かう途中の道の近くを、たまたま若いクマがうろうろしているのを見つけたのがきっかけだ。クマまでの距離はわずか20メートルほどで、おまけに相手は私のことに気づいていない。猟銃をたずさえて車から降りて歩き出すと、さすがに向こうも気づいて走って逃げ出したが、幸運なことに横向きになって逃げたので心臓の近くに命中させ、即死させることができた。
2022年に日本で狩猟をはじめてからヒグマを獲ったのは、これまでたったの一度きり。昨年は全国的に人里に下りてくるクマが問題となったが、それでもクマはクマ、基本的には警戒心が強く人の気配を感じたらすぐに逃げ出すので、獲ろうと思ってもそう簡単に獲れる獲物ではなく、例年は見つけることも困難だ。カヤックの旅の途中でも二度遭遇し、いずれも走って逃げられただけに、このときは幸運以外の何物でもなかった。
撃ったときは普通の成長したヒグマかと思ったが、実際は予想より身体がはるかに小さく、推定2歳の若グマで、まだ母親が近くにいるんじゃないかと警戒しながらの解体となった。若いだけに肉の量は少なかったが、味は抜群で、子供たちに食べさせても、知人にあげてもみんな喜んでくれた。
肉の回収はもちろんだが、滅多に獲れる獲物でないので、せっかくだから毛皮も鞣(なめ)すことにした。剥いだ毛皮を実家に持って帰り、塩漬けにして鎌倉の自宅に宅配便で送る。鞣しのやり方は動物によって異なるが、ヒグマは初めてでやり方がわからないので、とりあえずシカ皮と同じ方法でためすことにした。
だがやってみるとシカとはやはり全然ちがって、とにかく脂の量が半端ではない。鞣すときはまず〈裏打ち〉といって、専用の刃物で毛のついていないほうの皮の脂を落とさなければならないのだが、これがどんなに刃物でごしごししごいても全然脂が抜けきらず、いくらでも出てくる。
その後、ぬるま湯と洗剤で洗浄し、ミョウバンにつけて鞣したが、結局、皮に脂がのこってしまい、全体的に毛がべとつく出来となってしまった。
もう一回じゃぶじゃぶと洗浄したら脂は落ちるのだろうが、一緒にミョウバンも落ちてしまいそうで、それは避けたい。どうしたらいいかと数日間悩んだ挙句、ミョウバンが落ちないよう、中性洗剤をとかしたぬるま湯にタオルを浸し、やさしく毛を撫でるようにしてふき取ることにした。いまは陰干しにして乾くのを待っている状態だ。うまくきれいになってくれればいいのだが……。
何となくもったいないからという理由で鞣し作業に着手したため、使い道も定まっていなかったのだが、ここまで手をかけた以上、きちんと使ってやりたいという気持ちになった。これも怪我の功名だろうか。いまのところシオラパルクに持って行き犬橇(いぬぞり)の敷き革にするつもりである。


角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。




















