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絶景のキャンプ地
更新日:2026/02/10
海でも山でも長期にわたって旅するようになってから、日々の野営地にこだわるようになった。登攀(とうはん)を目的に山登りをしていたときは、正直キャンプ地なんて横になれればどこでもよかったが、いまは十分なスペースがあって、快適な焚き火ができて、水場が近くて、沢や森の雰囲気の良いところに惹きつけられる。
旅のスタイルが2~3日のクライミング系登山から、10日から20日間にもおよぶ釣りや狩りの旅へと変化したことが要因だと思うが、年をとってのんびりしたくなったこともあるのかもしれない。雰囲気の良さに吸い寄せられて、その日の行動はもうやめて早い時間に泊まってしまうこともある。良い野営地との出会いは一期一会だ。素晴らしい野営地に泊まって、良い夜を過ごすことが自然との関係を深めることにつながる、ともいえるだろう。
秋のカヤック狩猟でもそういうことがあった。旅の最終局面、積丹(しゃこたん)半島最大の難所である積丹岬を回航して、その先にある珊内(さんない)という集落まで行こうというときだった。
その日は岬越えには絶好の天気で、風もなく、その季節としてはめずらしく海も凪いでいた。積丹半島は全体的に切り立った断崖がつづき、とくに神威(かむい)岬から珊内のあいだは北西の季節風が吹くとうねりが直接ぶつかる難所である。コンディションのいいうちに越えてしまうつもりだった。
ところがジュウボウ岬を越えたところで視界にはいった、白糸を引くようなすだれ状の滝を見た瞬間に私の気持ちが持っていかれてしまった。
なんという美しい海岸だ。
まだ時間も早く、珊内までは十分行ける。そのつぎの集落である神恵内(かもえない)まで行けば事実上、今回の海旅は終了で、気持ちとしては明日の到着を確実にするため珊内までは行ってしまいたいところだったが、その滝はあまりに魅力的で素通りするのはじつに惜しかった。
「おーい、あそこに泊まろう」とほかの二人に声をかけると、突然の計画変更に「え?」と驚いたが、すぐに納得してくれて三人で滝の海岸に上陸した。
地図を見ると、シシャモナイ滝という名前らしい。ゴロタ石の浜を整地して平らにならし、周辺の草を刈って快適な寝台をつくり、滝から落ちる沢水で身体を洗って、潮にまみれてごわごわになった衣類を洗濯した。そして立木を集めて盛大に火を熾し、夕日をながめた。
「いやあ、こんなところカヤック旅じゃないと来ることができないなあ」
「人生で一番のテンバだ」
めいめいがはしゃぎ、夜をむかえた。
後日調べたところ、さすがにこれだけの景観をほこる滝だけあって、夏はクルーズ船が訪れたり、あるいはクライミングルートも引かれていたりと、秘境系観光地としてはわりとメジャーな存在のようであった。単にわれわれが無知だっただけである。
とはいえ何の予備知識もなしにあんな滝がいきなり視界にとびこんできたら、私じゃなくても心が奪われるだろう。これこそ情報を持たないものの特権である。


角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。




















