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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

知床岬回航

更新日:2026/01/14

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 2025年の猟期は北海道の日本海側でカヤック狩猟というのをやるつもりだった。文字通り、行く先々で鉄砲で鹿や羆(ひぐま)を獲りながらカヤックで旅をするというものだ。
 ところがそんな企画を考えていた矢先、知床をカヤックで越えたいのだが、という相談が舞い込んだ。昔からいろいろとお世話になっている山仲間、沼田(群馬県)の清野さんからの依頼だ。じゃあどうせなら抱き合わせにして、狩猟カヤックの前に知床を回ってしまおうという話になった。
 メンバーはカヤッカーの山口君とカメラマンの亀田君のあわせて4人。出発地点である羅臼(らうす)についたときは折悪しく低気圧が通過中で海は荒れ、大きなうねりが押し寄せていたが、翌日から回復にむかい、2日後にどうにか漕ぎだすことができた。
 知床半島はカヤッカーにとっては憧れの地だ。海に突き出した顕著な細い岬には深い森が広がり、世界有数の生息地とよばれるほどの羆を養える豊かさがある。しかしその森は、羆とともに壁のように密生した藪(やぶ)がはばみ、容易に人の進入をよせつけない。半島の大部分は道がなく、自分の力で先端の知床岬に行くには海岸の岩壁を乗り越えるか、雪山を縦走するか、カヤックで荒波を越えるしかない。
 羅臼町の相泊(あいどまり)から半島の反対側の斜里町(しゃりちょう)の宇登呂(ウトロ)までの海岸線はだいたい70キロである。普通は3、4日かけて回航するようだが、今回は3日後にまた低気圧が通過する予報だったため、2日間で一気に回ることにした。
 出発時は海は穏やかで快調に飛ばしたが、岬まわりはまだ大きなうねりがのこっており、波は大きく逆巻いて岩壁にぶつかり、轟音とともに白波をたてている。清野さんが初心者ということもあり、今回ガイド役をつとめた山口君は引き返すかどうか迷ったことと思うが、沖から回れば沈(転覆)することはないとの判断で一気にうねりの大きななかを越えた。
 険しい岩場が海と直接対峙する知床はやはりなかなか一筋縄ではいかないところだ。でも海岸には壮麗な岩壁だけではなくハッとするような美しい滝や、世界から隔絶されたような魅力的な野営適地があらわれ、沢ではオショロコマがよく釣れるとも聞く。天候の関係で急ぎ足で通過せざるをえなかったのが、残念といえば残念だ。
 気になったのは羆をほぼ見なかったこと。地元の人の話だと、海水温の上昇で5年ほど前からカラフトマスが来なくなり、羆が山から海岸に下りてこなくなったそうだ。海岸に行けばごろごろしていると思い込んでいたけど、実際に見たのは母子熊を一回だけだ。熊騒動に事欠かない今年の日本だが、日本最大の生息地が逆にとても静かというのが何か不思議な感じがする。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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