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読み物


笹川流れ
更新日:2025/12/24
夏に家族で日本海側を北陸から北海道にかけて車で旅行した。いろいろ訪れたが個人的に印象にのこったのが笹川流れの海岸である。
新潟県が「日本屈指の透明度」と誇るこの美しい景勝地を、恥ずかしながら私は出発前まで知らなかった。今回の旅行は、3歳の息子が行きたがっている福井県の恐竜博物館と、仕事の関係で秋田・山形県境の鳥海山は外せない。それで途中の新潟県でどこかいいところがないか妻が探して見つけたのが、笹川流れの海だった。
到着したときにはもう昼を過ぎていた。海蝕によって切り立った断崖も美しいが、それと同じぐらい、海岸線にならぶ潮風によって白く色あせた古びた木造家屋に目を奪われる。つげ義春の旅行記に出てきそうな、うしなわれた昭和の風景を見るようだ。昔カヤック旅行でおとずれた島根の漁村や瀬戸内海の小さな離島のようななつかしい雰囲気で、その時点で、また来てもいいなと思った。
近くに温水シャワー設備のある駐車場に車をとめた。海岸線の北と南の両側に大きな岩が見える。地図を見ないで訪れたのでよくわからなかったが、あとで確認したところ、北側の岩場が〈ニタリ岩〉、南側が〈君戻し岩〉というようだ。レジャー用のカヤックを海にうかべ、子供二人をのせて君戻し岩方面へ漕ぎはじめた。岩場の向こうはさして見どころのない海岸だったので、反転してニタリ岩をぐるりと回ると、向こうからカヤックツアーの一行が次々にやってきた。さらに進んでゆくと、ニタリ岩の先にまた大きな岩場(〈めがめ岩〉というらしい)があって、しかも真ん中がトンネルになっている。娘と二人でパドルを漕いで近づいた。かなりせまいトンネルだが、潜れないこともなさそうだ。ただ、小さい波が穴に押し寄せて多少揺れる。カヤックを正確にコントロールしなければならないのでここは一人で漕いで、一気に抜けた。
沖の小さな岩礁の島を回ってもどる途中、遊覧船がやって来て、乗客が笑いながらこちらを指さしている。あんな小さな子がカヤックに乗ってる、とでも言っているのだろう。「手を振ってあげなよ」と娘に言うと、「あ、旅人(息子の名前)が寝ちゃってる」と声を上げた。
息子を楽しませるためにトンネルを潜ったのに、ひょっとしたら見ていなかったのだろうか。


角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。




















