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シオラパルクでの海象狩り
更新日:2025/07/23
氷が流れると村の猟師にとっては海象(セイウチ)狩りの絶好の機会となる。海象は海原か、海原に近い薄氷にしか生息していない。昔は冬期に薄氷の呼吸口で待ち伏せ猟をよくしたようだが、最近は氷が不安定で難しくなったし、ボート猟のほうが簡単にたくさん獲れるのでそれが主流になった。こういうときでないとなかなか冬の狩りの機会はおとずれない。
海象の肉は味がよくて人間の食料源としてもいいし、腹持ちがいいため犬の餌にも最適だ。あの巨体なので一頭仕留めれば1カ月は安泰、みないそいそと落ち着かなくなるのである。
もうこうなったら現在の状況を楽しむしかないので、私も村の長老カガヤ(本名プッダ・ウッドガヤ)のボートに飛び乗った。ウーマ・ヘンドリクセンという若者も一緒だ。
村から数キロ西に行くと、先行していたマッシャングアとイラングアのボートが泊まり、すでに数個のブイを浮かべている。海象のボート猟はまず胴体に弾丸を撃ちこみ(頭を撃って即死させると海中に沈むためそれは避ける)、動けなくしたところでブイのついた銛を突き立てる。ブイが浮かんでいるということはすでに狩りに成功した証だ。
イラングアが「そこで、まだそこに1頭いる!」と叫ぶ。
すでに胴体に弾が撃ちこまれ虫の息となって海象が潜ることもできず水面にとどまっている。ウーマがそこに銛を突き刺した。海象は暴れ、呼吸のために顔をあげた瞬間、トドメの弾丸を食らった。
仕留めた獲物をその場にのこし、カガヤは沿岸にボートを走らせる。浮氷があらわれ、近くに4、5頭の群れが呼吸をしていた。
私もライフルを準備した。海中に弾を撃ちこむと轟音に驚き、海象がまた水面にあらわれた。胴体を狙ってガンガン撃つが、揺れるボートのうえで、しかもスコープのついていないオープンサイトのライフルで狙うのは予想以上に難しい。ほとんどうえに外れてゆくが、1発、胴体に当たった弾があったような気もする。ふたたび弱った海象に近づき、ウーマが銛を突き立て、頭部を狙った。彼も結構パンパン外していて、ウーマが新しい弾を込めているあいだに、私が頭に撃ちこみトドメをさして2頭目を獲った。
この日の猟果はわれわれが3頭、イラングアとマッシャングアがそれぞれ4頭。計11頭の大猟となった。ボートと滑車でこの巨大な獲物を岸の氷のうえに引き上げ、村人総出での解体がはじまる。獲物のよろこびに満ちたこのときが、狩猟民である彼らにとって至福の時間である。

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。