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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

海象狩り②

更新日:2025/06/11

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 氷の上に寝そべって日光浴をする海豹(あざらし)や海象(セイウチ)をウーットという。ウーットは呼吸口狩りとはちがって逆に脳天を一発で撃ち抜かないといけない。即死させないとすぐ横の穴から海中に逃げられ、やはり回収できないからだ。
 忍び足で近づくわれわれにウーット海象は気づかない。海豹のウーット猟は私もよくやるが、巨体をほこる海象は海豹より警戒心がうすいようだ。
 のこり200メートルほどのところで私と竹沢さんをのこし、エスキモー猟師三人が仕留めにむかった。滑稽なほど慎重に忍び足でアプローチする三人。70メートルから80メートルといったところで三人は歩みを止め、横にならんで跪き、ライフルをかまえた。
「イン、トゥー、サイ(1、2、3)」という合図とともに3発の乾いた銃声が響き、海象がブーッという大きな豚のような悲鳴をあげた。三人は慌てて散り散りになり、キピヒョが大声でこちらにむかってくる。どうやら脳天を外して逃げられたらしい。何ということだ、三人もいて、あの距離から外すのか?
 三人の名誉のために弁明すると、彼らがもっていたのはスコープのついていないオープンサイトのライフルで、しかも海象の頭部はその巨軀に比して小さい。しかも口径は「.30-06」という大きな弾丸で撃った瞬間の反動も大きい。でもやっぱり一発ぐらい当たってほしかった……。
 三人は散り散りになり手負いの海象が付近の呼吸口にあらわれるのを待ちかまえた。私も鉄砲をもってその場に立った。すると10メートルほど先の新氷で突然ガツガツと音が鳴り、海象が牙で穴をあけて頭部をさらけ出して呼吸をはじめた。撃てば当たる。でも脳天に当たって海中に没してしまう。撃っていいのか? と迷っているうちにカヨラングアが走ってやってきたので、彼に任せてしまうことにした。
 海象は二回呼吸をしてすぐ海中にもぐった。カヨラングアは「君はここで海象を待っていろ。頭は撃っちゃだめだぞ。撃つときは胴体か鼻先だ」と言う。
 私とキピヒョはしばらく海象があらわれるのを待った。100メートルほど先で呼吸音が何度もするが、銛(もり)がないためか、キピヒョはその場を動かない。カラヘとカヨラングアはほかの呼吸口を探してかなり遠くに去った。竹沢さんは狩りの様子を撮影している。
 翌日も別の場所で海象を追いかけたが、2日間にわたった壮大なモグラたたきは結局、失敗に終わった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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