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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

海象狩り

更新日:2025/05/28

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 今回の旅の目的のひとつは海象(セイウチ)狩りである。この地域の海象はおもに、氷が流れて海原がひろがる春と秋にボートで猟がおこなわれるが、冬もしばしば海原近くの氷のうすい新氷で呼吸口狩りがこころみられる。
 私が滞在するシオラパルクは海象の多いところで、昔は冬になると30キロから40キロ北西のネケやピトガッフィという地にみんなで出かけて、小屋泊まりしながら呼吸口狩りをするのが普通だったらしい。だが近年は温暖化で同地の海氷が不安定になりそれができなくなった。
 この地に住む極地エスキモーの三大狩猟といえば犬橇(いぬぞり)による白熊狩り、カヤックによるイッカク猟、それに海象の呼吸口狩りだ。これまで自分の旅を優先してきた私は、そのいずれも目にしたことがない(白熊は旅の途中で獲ることはあるが)。ゆえに今回は、最低でも海象狩りを、できれば白熊狩りも見てみたいと思っていた。
 モーリサックに到着した翌日、さっそくチャンスがおとずれた。カヨラングアの家からわずか数キロ先にうすい新氷が張っており、氷の上でごろごろ昼寝をしている海象が見えるという。さっそく犬橇2台で現場に急行、おのおの猟具や刃物を用意し、忍び足で歩きはじめる。
 氷の下の獲物の動きを読むのは長年の勘が必要だ。到着直後に氷山の近くでブオーブオーと霧を噴出させていたが、どこに行ったのか姿を消した。見えない獲物を求めて、氷の下の動きを(たぶん)読みながらあたりを探索すること30分、やおらクマ・ガービというカナックの若手猟師が「あそこだ、すぐそこだ!」と声をあげる。一同一斉に視線をやると、50メートルほど先でブオーブオーという呼吸音とともに霧が噴出するのが見えた。
 呼吸口狩りの手順は、呼吸口で待ち伏せしてあらわれた海象を、まず銛(もり)で突かなくてはならない。銛で突いた瞬間に海象は逃げるが、銛の先は脱着式の刃物になっており、それが海象の肉に食いこみ、そこからロープがのびている。猟師は銛を突いた瞬間にトウという先の尖った鉄の棒を足下の氷に突き刺して、逃げようとする海象からのびるロープをこのトウに固定する。こうすることで海象は逃げられなくなり、ふたたび呼吸口にあらわれたところを銃でとどめを刺す、というやり方をする。最初に銃で頭を撃ち抜かないのは、海象や顎髭海豹(アゴヒゲアザラシ)のような大きな獲物を即死させると、すぐに海中に沈んで回収できないからだ。
 銛をもったカラヘとクマ・ガービが呼吸口へ忍び足でむかう。しかし二人が着くとその呼吸口から海象は移動し、今度は離れて見守る私たちの30メートルほど右手からブオーブオーの呼吸音がする。
 結局この呼吸口では仕留めることができずクマ・ガービとウーマは氷山のほうへ別の海象を探しに、私と竹沢さんはカラヘとキピヒョ、カヨラングアの三人とともに2キロほど先に見える氷上でねころぶ海象にむかった(つづく)。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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