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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

怪人カヨラングア

更新日:2025/05/14

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 カヨラングアとは1月にすでにカーナックで面識があった。日本を出発して、最後にカーナックからシオラパルクへ向かうとき、友人のオットーのスノーモービルをチャーターしたのだが、そのオットーの家に転がりこんでいたのが彼だった。犬橇(いぬぞり)で指先を負傷したカヨラングアは、ヘリコプターでカーナックに搬送され通院していたのである。
 町での近代的な暮らしを拒絶し、廃村での孤独な猟師生活を選択した人物だけに、人づきあいの悪い偏屈な爺さんを想像していたが、実際のカヨラングアは愛想のいい、思ったよりも若い(55歳)、快活なおじさんだった。
「犬が心配だ。モーリサックを出るときに大きな海象(セイウチ)の肉の塊を与えてきたが、はたして無事なのかどうか……」
 犬が心配でならないカヨラングアは2月中旬、カーナックの腕利きベテラン猟師アトールの犬橇で、例の極悪な氷河ルートからモーリサックへ帰っていった。ということを私は彼のフェイスブックをつうじて知っていた。昔ながらの生活を希求するカヨラングアだが普段は完全なスマホ中毒で、モーリサックでも年がら年中、フェイスブックに記事を投稿、指先の一部が欠損し、その筋の人のようになった手のひらの写真を公開するなどして、外部とのつながりを求めているのである。たぶん孤独な生活が寂しくて耐えられないのだと思う。
 われわれがモーリサックへ到着すると、彼は海象の肉を茹でて待っていてくれた。さらに「これは君のぶんだ」と、犬の餌用の海象肉を食べやすい大きさに切り分けて、プラスチックの大型容器にたんまりと用意してくれていた。偏屈な怪人カヨラングアは、外国人の客分である私にはとりわけ丁寧な心配りを見せる、じつにおもてなしの人であった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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