読み物
モーリサックへ
更新日:2025/04/23
グリーンランド北西部の中心地カーナックから南に約80キロの地にあるモーリサックは空き家が立ちならぶ廃村であるが、当地出身の地元猟師カヨラングアが空き家にひとりで住み込み、昔さながらのエスキモー生活を営んでいる。白熊や海象(セイウチ)など大物猟の獲物が多いし、カヨラングアという人物に興味もあったため、数年前から行きたい場所のひとつだった。
写真家の竹沢うるまさんが2月下旬に来訪、彼の取材をエスコートする目的もあり、今回モーリサック行きを企てた。ただ、カヨラングアは年末に犬橇(いぬぞり)の引綱が中指に絡まり、その瞬間に犬が猛烈に駆けだして指先が吹っ飛ぶという、あまり聞いたことのないケースの負傷が癒えておらず、狩りができるのか不明だ。イヌイットの大物猟を間近で見たい私たちは、シオラパルクやカーナックの友人に声をかけ、結果、シオラパルクからひとり、カーナックから3人が同行することになった。
6人の人間が5台の犬橇に乗り、合計60頭前後の犬が引く光景はなかなか壮観だ。ルート上の難関はカーナックから30キロ先にある氷河だ。この氷河はかつては良好なルートだったようだが、近年は氷舌がセラック(氷河が割れてできる塔状の氷塊)だらけになりルートとしては放棄されていた。だが今年は沿岸の結氷が進まず、ほかにルートがない。2月にカーナックの猟師がこの氷河のルート工作をおこない、直径2センチほどの固定ロープを設置していた。
このロープのセクションが悪い。急斜面にロープが斜上して張られており、そのロープにカラビナで橇をひっかけるが、それでも重たい橇がずり落ちて犬が前進できない。いたるところに突き出た岩にも引っかかる。ほかのチームの犬が助勢し、40頭ほどの犬と5人の人間がロープで引っ張り上げて1台ずつ橇を運びあげ、なんとか突破した。大汗をかいての作業となり、写真を撮る余裕もない。
途中でテントに泊まり、翌日また急な斜面を協力しながら乗り越え、ようやく氷河の鞍部(あんぶ)に到着、そこからはなだらかで快適な氷河を一気に麓までくだり、イツッタッハーという大きな湾を快走し、夜中にカヨラングアが待つモーリサックへたどり着いた。

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。