読み物
海象の塩茹で肉
更新日:2025/03/26
最近、海象(セイウチ)の塩茹で肉をすごく旨く感じるようになってきた。海象は海豹(あざらし)とならぶシオラパルクの住人の一番ポピュラーな主食である。だが味に関していえば海象のほうが断然旨い。海豹の肉は潮の風味がつよく、獣というより魚に近い味だが、海象は獣を食っているという感じがする。
肉質は固めで、独特の風味が、あの怪異な容貌と、およそ上質な肉だとは連想しにくい厚い皮膚を想起させて、14年前、はじめてシオラパルクに来た頃はあまり好きになれなかった。村の人も仕方なく食べているんだろうな、と外見のイメージからそんな誤った思い込みもしていた。
だが食べれば食べるほど、その深く、濃厚な味の魅力に取りつかれる。とくにアバラの骨付き肉が旨味が凝縮されていてたまらない。肉自体はややバサバサしているので、凍らせた脂肪と一緒に食べると、口のなかでとろけた脂と混ざりあいクリーミーになって最高である。村の人も海豹より海象のほうが断然好みだ。
この冬は隣の家のカガヤという猟師からアバラの骨付き肉を2塊、おおよそ5、6キロほどを200クローネという格安で売ってもらった。これを二、三日に一回のペースで茹でる。昔は一回食べたらお腹だけでなく胸もいっぱいになり、もう一週間はいらないと思ったものだが、最近は毎日食べてもいいぐらいだ。もったいないから数日に一回で我慢しているのである。
唯一の難点は表面に砂がついている場合が多いこと。解体のときについてしまうのだろうか。料理前にナイフでしっかりこそげ落とさないと、口のなかでジャリジャリしてせっかくの味が台無しになる。

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。