読み物
道東のとある場所
更新日:2025/02/26
昨年末のとある日、北海道東部の某地に出かけた。ひょんなことからその地に知人ができたので、彼の宅におじゃまし、周辺の自然環境や林道の状況、エゾ鹿の生息状況などを見て歩いた。
目的は移住地偵察である。北極圏での旅から足を洗ったあとは北海道に犬を連れて帰り、犬橇(いぬぞり)狩猟生活を送るつもりだ。道東はこれまで雪が少ないというイメージが強く、犬橇は難しいという固定観念があったことから移住先の候補地リストにはいっていなかった。しかし、新しくできたこの知人は、たまたま犬のスペシャリストで、ぼくの住んでいるところ周辺は1月から3月まで根雪になるし、エリアも広大で、まったく問題なく犬橇ができますよ、という。そんなわけで彼の家をベースに、鹿狩りもかねて4日ほど滞在したのである。
知人宅周辺は牧草地で、隣家まで800メートルあり、朝や夕方には山から鹿が下りてきて草を食んでいる。牧草地は可猟エリアなので農家の理解が得られれば鹿は獲り放題、犬の餌に困ることはなさそうだ。一帯には林道が碁盤の目のように整備され、雪が数センチ積もれば犬橇で山に向かうことができる。
知人宅の2キロ先からは国有林エリアで深い森が広がる。森のなかの林道はアップダウンも少なく、雪に閉ざされる冬期は車の乗り入れもない。犬橇をやるには申し分なさそうな環境だった。無論、森のなかには鹿の足跡が無数にある。羆(ひぐま)はすでに穴籠りし足跡は見当たらなかったが、世界有数の羆生息地である知床連山が近く、山には相当数が生息しているという話であった。
猟場の状態を探るため、林道の奥に車をとめて有望そうなところを一日歩いてみた。標高をあげたほうが鹿がいる気がしたので林道を登って行ったが、予想に反して足跡はうすくなってゆく。また思ったより笹藪が深く視界が悪い。笹藪が深いということは、それなりに積雪量があることの証だ。
鹿の居場所を探るには、まず地図であたりをつけて歩いてみるのが私のやり方だが、笹藪が深いと鹿がいなかったり、またいても視界が悪くて撃ちにくく、藪漕ぎの音で逃げられることもおおい。いいポイントを見つけるには結局、一度、広く歩き回るしかない。
夕方になり標高のひくいところで急に足跡が増えたので、渓流の脇にテントを張って荷物を軽くし、そのあたりを重点的に歩いた。遭遇確率が高いのは鹿が山のねぐらと下の餌場の間を移動する早朝か夕方である。暗くなって視界が悪くなるにしたがい、何度か近くの笹藪のなかをガサガサ走る音が聞こえた。やがて見通しがよくて居心地のよさそうな針葉樹林のなかに雄の群れを見つけ、一番大きな個体を獲ることができた。
猟は2日間の予定だったが、もうこれ以上獲っても自宅の冷凍庫に保管できないので、翌日下山した。
偵察結果としては、犬橇で狩りをするにはたぶんこれ以上ない場所だったが、家族と住む場所として適当かと考えると、答えは正反対のものとなる。牧草地と森しかない場所で都市生活に慣れた妻子が楽しく暮らせるのか、客観的に考えておおいに疑問だ。家族と僻地で暮らすのはやっぱり無理があるのだろうか、と悩みは深まる結果となった。

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。