読み物
倒木処理 その2
更新日:2025/01/29
倒木処理2日目。斜面の上側の、根本にちかい太いほうからチェンソーで切断、ロープで順次下ろしてゆく。
倒木が短くなってゆくうち、作業は思わぬ山場をむかえた。
どういう状況になったかというと、まず倒木は斜面の下向きに倒れ、中間でそれなりに太さのある立木にひっかかっていたのだが、その立木のところで倒木は地面から2メートルほど浮いていた。根本の折れた部分は地面に接地しているのだが、先端のほうは枝がひろがっている。その膨らみのせいで中間地点は地面から離れていたのである。私はそこをロープでがっちり立木に結わえていた。
その状態で根本のほうから順次切断していったわけである。当然、立木の浮いている箇所は結わえてあるので、高さが保持されている。だんだん切断しなければならない場所が高くなり、チェンソーを持ち上げながら切断せねばならない。地面は40度ほどの急傾斜で、油断すると足が滑ってずるずる落ちてゆく。滑落しないように立木にのっかって窮屈な体勢で切らないといけない。それなりにスリリングな作業をしいられた。
切断した倒木は重さで思わぬ方向に振れて、ケガをする危険がある。大きく振れないように切断後の動きを予測してロープで固定するが、なにしろ重たい代物なのでかならずしも予測通りにうごくわけではない。そのあたりは乱氷帯における犬橇(いぬぞり)の動きと非常に似ていた。橇の重量は500キロ以上、犬も思ったところを走ってくれるわけではなく、橇の挙動は予測できない。やはり倒木とおなじように橇に巻きこまれて負傷するリスクがある。
立木に結わえていたところを切断した瞬間、倒木はズドドと軋みながら重みで地面までしずんだ。これで山場をこえた。あとは地面に落ちた倒木を切断するだけである。作業は一気にスピードアップし、午後4時までにすべてを下ろし終えて道具を撤収した。
太い木が大量にごろごろ転がるのを見て、よくこんなものを一人で下ろしたな……と大仕事を終えたときに特有の感慨にひたった。隣のおじさんも「こんなに一人で下ろしたの? さすがだねえ。完全にこれでメシが食えるね」とビックリしていた。仕事をまちがえたかもしれない。
だが本当にヤバいのはこの先だ。倒木の引っかかっていた立木であるが、これが急傾斜地に斜めに生えており、いつ倒れてもおかしくない危険木なのである。下にはほかに大きな立木はないので倒れたら家屋に激突するのは必至だ。これも近いうちに処理しなければならないが、倒木とちがって枝のほうが地面から離れているので落下防止のためにロープで固定するのがむずかしい。急傾斜地のためサポートする人がいないとちょっと無理である。
今年はもう時間がない。来年以降の課題とし、北極滞在中に倒れないよう、根本近辺を可能なかぎりロープで固定して、ひとまずよしとした。

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。