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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

倒木処理 その1

更新日:2025/01/15

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「あれ、なんかあそこに木が倒れてない?」
 台所の窓からそんなことを妻がつぶやいたのが10月中旬だったろうか。
 わが家の裏は家屋の1メートル脇から急傾斜地になっている。窓をのぞくと、たしかに15メートルほど上方の途中に倒木がひっかかっているように見える。さっそく作業服に着替えて現場確認をすると、直径60センチ、長さ10メートルはあろうかという、それなりの木が根本から折れてぶっ倒れていた。
 明らかにヤバい。台風や地震で滑り出したら自宅直撃だ。いったいいつ倒れたのか。倒木は立木にひっかかっているのだが、その立木も急斜面に斜めに生えておりいつ根本から引っこ抜けてもおかしくない。倒木の重みで2本まとめて崩落という惨事すら想定される。
 日高山脈での狩猟山旅の直前だったため、ひとまずホームセンターで30メートルロープを3本購入し、登山中に滑り落ちないようがっちり固定した。山からもどったらすぐに処理作業にとりかかるつもりだったが、新刊『地図なき山』(新潮社)のプロモーションで取材やラジオ出演が怒濤のごとくつづきなかなか着手できない。11月下旬にプロモーションが一段落し、ようやく作業にとりかかった。
 じつはこういう作業は嫌いではない。急傾斜地だけに失敗したら切断した木がごろごろ転がって自宅直撃だ。どこから切断し、どうやって固定し、どのように下ろすか、現場の状況を見て知恵を絞らないといけない。頭と身体をつかって、成否はリスクと一体である。すごく面白い。
 朝のゴミ出しのときに隣の野外教育専門のおじさんとその話になり、午前中は時間があるので手伝ってくれるという。このおじさん、休日は竹林の間伐をおこなっており傾斜地の伐採に慣れている。
 二人でじゃまなヤブや下草を処理し、動き回れるようにして倒木の先端の枝のほうから切りはじめた。斜面に接地している部分は支えになっているので後回しにして、浮いているところから切断する。それが終わると、根本の太い幹をチェンソーで切断してゆく。私のチェンソーは家の前の持ち主がのこしてくれた小型のもので時間がかかる。根本から2カ所切断して午前は終了。
 午後はひとり作業となった。切断した木を下ろすために、まずは下方のヤブや蔦(つた)を刈りはらい道を作る。それが終わると細かな枝をフレコンバッグに入れてロープで下ろす。細かいといっても直径10~15センチはあり、それをぎっしりつめたフレコンバッグは50キロぐらいありそうだ。こういう作業は登山のロープワークがそのまま使えるので、私的には難しくなかった。
 枝下ろしの後は根本の太いほうの切断木を下ろし作業である。こちらはスリングをまきつけ、がっちり固定したうえで下ろすが、ひとつひとつの重さがワモンアザラシと同じぐらいなので、たぶん60~70キロある。固定が甘いとほどけて落下する危険があり慎重を要した。
 やっていくうちに作業は無駄が省かれ効率的になってゆく。もう1カ所切断して下ろしたところで暗くなってきたし、11月下旬なのに顔のまわりに蚋(ぶよ)がたかってひどいので、この日はやめにした。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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