読み物
小5女子の命がけ
更新日:2024/09/11
娘と2年ぶりに沢登りに行った。最初は1人で南アルプスの沢に釣り目的で行こうとしたが、2歳の息子で育児が大変なうえ、5カ月ぶりに北極からもどったばかりでそれはないだろ、と妻から却下され、ならば……と娘の自由研究の材料にするという名目で許可をとりつけた。
目指すは奥秩父東沢峡谷の釜ノ沢だ。東沢は明治時代に田部重治(たなべじゅうじ)が名編「笛吹川を遡る」を記したことで知られる名ルートだが、これまで登ったことがなかった。何年か前に雑誌「山と溪谷」に載った登山レポートを読み、娘と一緒に登るのにちょうどよさそうだとそのときから狙っていたのである。
白い石灰岩のなかを透き通った緑の水がいくつものナメ滝をつくり美しい。人気ルートで滝を迂回する踏み跡もしっかりしている。ただ、名峰甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)につきあげる釜ノ沢は全体的に険しい傾斜でそそり立っており、迂回する踏み跡のところどころで滑りやすいワンステップが何度かあり、数十メートルの高さで切れ落ちている。こんなところで落ちたら命はないので、ロープを張って、しっかり娘の手を握って確保したが、本人は必死だったようで「あおにとっては命がけだったよ~」と漏らしていた。私には問題ないと思えたところも怖かったところがあったようだ。
沢中で1泊し、札幌のハンター友達から送られたエゾ鹿のタン肉を網であぶり、翌日、水源の急登をこえて甲武信ヶ岳の頂上に立った。「焚火以外はつらいだけだった」とのことで、もう懲り懲りかもしれないが、ほとぼりが冷めたらまたそのうち誘おうと思う。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。