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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

2人のエスキモーハンター

更新日:2024/08/07

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 今年の犬橇の長期旅行は思わぬ出会いから幕を開けた。カナックの猟師、トゥッピアハイ・シミガクとカラヘ・サトワナの登場である。
 2人は英国の女性旅行者を案内するため3月下旬にカナックからシオラパルクにやって来た。話を聞くと、女性旅行者は村から百数十キロ北にあるアウンナットの小屋に1カ月近く滞在し、その間、白熊狩りのためにさらに北部に向かうという。
 彼らが出発して数日がたった3月24日、村を出た私は2人の犬橇のトレースを追って氷床を越え、アウンナットの小屋に向かった。氷床から先は雪の状態が悪く、2人は小屋まで5日かかったようだが、彼らのラッセル跡をたどるというズルができた私はわずか3日で小屋にたどり着くことができた。
 深夜12時過ぎに疲れ切った犬たちを小屋の脇にとめると、すでに先に到着していた30頭以上の犬が騒ぎ出し、それを合図に2人のエスキモーハンターが、やあ、よく来たなと出迎えてくれた。そして小屋に滞在した2日のあいだにわれわれは意気投合し、3人で小屋からさらに100キロ以上離れたフンボルト氷河周辺まで行き、白熊を探すことにしたのだった。氷河近海の大氷山帯は白熊が子育て中の海豹(あざらし)をねらってうようよしており、行けば絶対に獲れる、と私があおったのである。
 結果からいうと今年は首をひねりたくなるほど白熊の数が少なく、例年なら迷路のように足跡が交錯するエリアにはいっても白熊の痕跡はまったく見当たらなかった。途中で2人は海豹1頭を呼吸口狩りで仕留めたものの、狩りは低調のまま旅は推移する。あいかわらず積雪も深くてペースも悪く、犬たちも疲れているし、そもそもあまり長い間、雇い主である旅行者を小屋に放っておくこともできず、4日目に2人は私と別れて小屋に戻っていった。
 狩りは失敗だったが、手練れのエスキモーハンターと対等の立場で旅したこの短い日々は、私には新鮮な喜びの発見があった。それに新たなる未来の展望も開けた。仲間と協力して難所を克服しながら犬橇のルートを切り拓いてゆくという、単独行では絶対に経験できない面白味と達成感があったのだ。
 シベリアからグリーンランドまでの極北地帯全域にひろがるエスキモー民族の世界にあって、カナック周辺の極地エスキモーは狩猟、犬橇、旅行という彼らの冒険的民族エートスをもっとも濃厚にのこした人々である。そしてその中でもトゥッピアハイとカラヘの2人は現在、冒険狩猟旅行への志向をもっとも強くもつ猟師であり、私に言わせれば最後のエスキモーだ。
 旅のあいだに友情めいたものを感じるようになった私は、来年もう一度この場所に来て、もっと北を目指そうと誘った。テントのなかでカラヘが「ああ」と即答し、「今年は雇い主がいたけど、来年はなしだ」と言った。
 ナルホイヤ(わからない)が口癖の彼らに来年の約束をしたところで来世の契りをかわすようなものだが、それでも私はいま、2人ともう一度あの場所に行くことを期待している。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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