Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

二人でニッパ

更新日:2023/06/28

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

 ネケでのニッパは不発に終わったが、村にもどると今度はピーター・アビギという五十代のベテラン猟師からニッパに誘われた。
 前回のイラングアとのニッパはそれぞれ自分の犬橇に乗ったが、今回はアビギの橇一台で猟場に向かう。場所はネケではなく、村から沖合に十五キロほど離れた新氷帯だ。呼吸口ができるのはクラックだけではない。できたばかりの新氷も氷が薄く、海豹(あざらし)にとっては穴をあけやすいのだ。
 新氷帯をウロウロすると、こんもり盛りあがった小さな山がある。これが呼吸口だ。穴のまわりは吐息が凍りつき、どんどん盛りあがってゆくので山みたいになる。古いものがほとんどで、中心の穴がすでに凍りついているが、五個に一個ぐらいの割合で使用中のものがあり、穴をのぞくと黒い海面がゆらゆら揺れている。新しい穴が見つかると、アビギは鉄砲とニッヒという鉤爪のついた棒をとりだし、私に行けと合図する。私はピーターの犬を誘導して穴から離れ、数百メートルの距離をおいて、穴のまわりをぐるぐると犬橇で走る。
 さすが百戦錬磨のベテラン猟師なだけあって、アビギはこの日、六回か七回、ニッパをおこない、首尾よく二頭の海豹を撃ちとめた。ただ私のほうはへとへとだった。何しろ他人の犬である。「行け(デイマ)」と言っても、「来い(アハ、アハ)」と言っても、全然聞いてくれず、犬どもは、お前はいったい何者だ? と怪しげな目つきで見返すばかりなのだ。あの手この手を駆使して、何とか走らせても、呼吸口で待ち伏せする主人の姿を見ると、猛ダッシュでもどってしまう。なかには後ろから噛みつくのもいる始末で、どうにも手に負えない。正直、途中から、もう呼吸口が見つからないことを願うほどだった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)

特設ページ

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.