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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

イヌイット式テント

更新日:2023/07/12

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 テントのことを北グリーンランド語でトゥパという。これまでずっと単独行動が多く、現地のトゥパで寝たことがなかったが、三月中旬に村の友人イラングアと一泊二日のカリブー狩りに行ったときに泊まる機会があった。
 登山やキャンプ用のテントはポールをさしこむ、自立式のドーム型が主流だが、イヌイットのトゥパはポールは使用せず、家型の生地に張り綱がついているだけだ。橇の荷物をどかし、その横に立てた二本のトウ(氷を砕く鉄の棒)を支柱にし、張り綱を張って橇のうえを生地でおおう。隅の張り綱にテンションをかければ、ある程度の風にも耐えられる。生地は、昔はカリブーの皮などをつかったのだろうが、いまは化学繊維である。
 面白いのは内部構造だ。入口近くの地面にストーブを置き、奥の橇の荷台が寝床となるのだが、荷台は地面より三十センチほど高いため、上昇した暖気で普通のテントよりはるかに暖かい。カリブーの敷き皮のうえに寝袋をひろげると、野外キャンプとは思えない寝心地の良さだ。ストーブは焚きっぱなしなので燃料はくうが、家とほとんどかわらない。
 そう、これはテントより簡易型の家である。今でこそ彼らも集落に定住しているが、もともとは季節ごとに猟場をかえて移動していた遊動民だ。われわれの感覚だと、テントは登山などの非日常的活動でつかうもの。たまの数日間寝るだけなのだから、多少不快でも我慢できるが、つねに自然のなかですごす彼らは、トゥパを日常生活の住居として使用していた。なので極力快適にすごせるよう工夫がほどこされているのである。
 すっかり感心した私は、日本に帰ったらさっそくこのイヌイット式トゥパを製作することにした。こうしてどんどんイヌイット化がすすんでゆく。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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