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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

ネケの猟師小屋

更新日:2023/06/14

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 二月に村の友人イラングアに誘われ、ネケの猟師小屋にむかった。
 ネケとは、シオラパルクの村がある半島の、もう一本北にある半島のことである。かつてシオラパルクの猟師たちは冬になるとこのネケの小屋に寝泊まりし、さらに北のピトガッフィの猟場で海象(セイウチ)狩りをした。海象は冬になると海原と海氷の境目あたりに棲息する。ピトガッフィ周辺は海原が近く、ちょうど海象の棲息エリアになっているのである。
 近年はネケやピトガッフィまでの海氷が不安定で、強い北風が吹くとすぐ流れてしまう。のんびり滞在していたら村に帰れなくなるため、ほとんど誰も行かなくなった。しかし今年は嵐が少なくて二月までは結氷状態がよく、イラングアもネケで海豹(あざらし)狩りをする気になったのだろう。
 呼吸口で待ち伏せする冬の海豹狩りをニッパといい、そう簡単ではないことは前回触れた。氷の下の海豹は驚くほど敏感で、呼吸口でじっと待っていてもなかなか来てくれない。ただ、ニッパは一人より二人のほうが効率的だ。一人が呼吸口で待ち伏せし、もう一人が犬橇で周回することで氷の下の海豹を追い立てることができるからだ。
 われわれは二日間、クラックにある呼吸口でニッパをつづけた。残念ながら海豹は獲れなかった。呼吸口の数が多すぎたらしい。数が多いと他の穴に行ってしまうため、逆に獲りにくいのだという。
 ただ小屋は思ったより快適だった。
 本来のネケの小屋はもっと大きな小屋だったようだが、今は左右の小さい部屋だけ残り、使用可能なのは向かって左側の部屋だけとなった。扉をあけると窓ガラスがなくなっており、外気をふせぐためイラングアはビニール袋を窓枠につめこんだ。私も彼も、家庭用の小型灯油ストーブを持ってきていたので、それを両方とも焚く。ひとたび温まると、中で乾かし物もできるし、寝袋がいらないほど暖かい。
 イヌイットが暮らす地域には、こういう旅行用の小屋がいたるところにある。これまでは暖めるのが大変そうなので、個人的にはテントを使っていたが、この体験で考えがかわった。ストーブがあればテントよりはるかに快適だ。これからは村の周辺での小旅行では小屋泊まりが増えそうである。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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