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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

キビヤの発掘

更新日:2023/04/26

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 グリーンランド・イヌイットの伝統食のひとつキビヤについてはこれまでも触れたことがあるが、あらためて説明すると、夏に飛来する海鳥アッパリアス(ヒメウミスズメ)を数百羽、海豹(あざらし)の皮袋につめこみ、岩の下に埋設して数カ月寝かせて発酵させたものだ。強烈な悪臭で世界的に有名な食べ物である。
 キビヤは臭くて苦味があり味に強烈な癖があるが、脂がのった肉はまろやかで口のなかでとろけるようだ。味は慣れると病みつきになる。私もこれが大好物で、毎年、アッパリアスの季節になると村の友人イラングアと一緒にキビヤを仕込み、私が帰国している間に掘り返して取っておいてもらっている。そして冬に村にもどってきたときに自分の分をいただく。だいたい七十羽ほどが私の取り分だった。
 しかし七十羽では足りない。もっと食いたい、ということで、去年の夏はひとりで対岸の猟場(クーガッハ)で一気に二百羽ほど捕獲し、海豹の皮袋につめこんで一メートル近く岩を積みあげておいた。
 対岸のクーガッハを選んだのは北西向き斜面で日当たりが悪いからだ。村人は皆、村の近くでキビヤを作るが、シオラパルクは南向きで日当たりがいいため、発酵が進みやすい。私は七カ月も村をあけるので、あまり発酵が進みすぎると苦くて食えなくなる。日当たりの悪いクーガッハなら七カ月寝かせても大丈夫だ、と村の日本人大島育雄さんから助言されたのである。
 ただ、心配があり、夏のあいだに白熊に食われないかどうか。白熊が来たら臭いを嗅ぎつけ、掘りおこすだろう。村人のなかには「たぶん食われちゃうぞ」と言う人もいたが、はたしてどうか。
 この冬、二回目の犬橇のときにクーガッハに掘り返しに行った。尾根の脇の影になるところに塚があるはずだ。ヘッドランプをつけてウロウロしていると、雪まみれで、てっぺんに狐の糞や小便のひっかかった小さな山が見つかった。よかった無事だ。三十分ほどで掘りおこし、村に持って帰った。
 さて、問題は味である。ひとりですべて作ったのははじめてだ。成功しているかどうか……。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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