読み物
キビヤの味
更新日:2023/05/10
掘りおこした海豹(あざらし)の皮袋をしばらく部屋で温め、すこしゆるんだところでナイフで切れ目をいれる。なかには凍ったキビヤがぎっしり詰まっている。キビヤ作りのポイントは内部に空気をいれないことだ。空気が入るととても不快な苦味が出て、食えたものではない。なので、作るときは隙間ができないようぎゅうぎゅうに押しこみ、上に巨大な岩を置いて重みで隙間をなくす。このように、ぎゅうぎゅう詰めなので、なかなか解けてくれず、取りだすには時間がかかる。
ひとまず二十羽ほど剥がして、温めてやわらかくした。海豹などの生肉は凍っていたほうが旨いが、キビヤは解けて脂がぐちゃぐちゃになったほうが個人的には美味しい。
肝心の味はどうかというと、十点満点中七点といったところ。七カ月も寝かしていた割には発酵が少し弱く、もうちょっと苦味と臭みがほしいところだ。ただ、どの鳥も身はとろけるような脂で包まれており、食感はとても良い。やわらかい肉と脂のコラボレーションがキビヤの魅力なので、その意味では合格である。
毎日三羽か四羽食べているが、海豹の脂と醤油をつけるとさらに旨いことに最近気がついた。脂まみれで手がぐちゃぐちゃになるが、これは最高だ。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。