読み物
朱鞠内湖
更新日:2021/11/24
十月中旬に北海道を十日ほど小旅行した。最初におとずれたのは旭川から車で一時間少々のところにある朱鞠内(しゅまりない)湖。北海道電力のダム湖で、人造湖としては面積が日本一だということである。周囲には朱鞠内と母子里(もしり)という小さな集落があり、美しい森の原野がひろがる。
地元の人によれば積雪量は日本屈指で、冬ともなれば三、四メートルの雪がつもり、氷点下三十度にまで冷えこむのもめずらしいことではないという。日本でもっとも生活環境のきびしい土地のひとつ、といってもさしつかえないだろう。
朱鞠内湖をたずねたのは、じつは将来の移住地探しの一環としてである。北極で犬橇にのりながら狩猟旅行をはじめて以来、私は、いつか日本の日常生活でもおなじことができたら、と夢想するようになった。日本で犬橇狩猟をはじめるとしたら北海道だろう。昨年あたりから暇があったら国土地理院のホームページを開き、しらみつぶしに北海道の地形をしらべていたが、地形のゆるやかな道北の天塩(てしお)山地から宗谷(そうや)丘陵にかけてが最適そうである。
まあ本当に北海道で犬橇狩猟をはじめるとしても、まだ五、六年先の話なのであるが、一応、今から候補地をたずねて下見をして、人脈をつくったり、周囲の山々を歩きまわって鹿や羆(ひぐま)、渓流魚といった獲物系の濃さを確認しておかないと、まにあわないだろう。というわけで、第一の拠点候補地である朱鞠内湖をたずねたのだった。
そして実際に見聞し、私は生活の場としての朱鞠内湖に魅了された。周囲の原生林の雰囲気もさることながら、環境的に犬をいくらでもつなぐことができて、出ようと思ったらパッとすぐに凍結した湖に出られるところが素晴らしい。適度に林道が発達しているので、二月以降になって雪がしまればルートとして活用できるだろう。それに近くに湖があるのも大きな利点だ。気軽に釣りができて、その日の食料補充が簡単にできるからだ。ここなら理想とする自給自足に近い生活ができそうだ、と感じた。
ただ、生活の場だけを確認しても、犬橇狩猟の下見としては不十分だ。周囲の山々で本当に犬橇が、そして狩りができるのかを確認しないといけない。そのために私は一週間ほど天塩の山中にもぐりこんだ。(次回につづく)
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。