Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

ドクツルタケ

更新日:2021/11/10

 九月に知人と六日間ほど奥利根、平ケ岳(ひらがたけ)方面に沢登りに行ってきた。秋の味覚といえばキノコ。見分けがむずかしいという先入観と勉強が面倒だという無精から、これまでキノコ探しは敬遠してきた。でもせっかく沢にばかり行っているのに食べないのも勿体ない、ということで、今回からザックにポケット図鑑をしのばせることにした。
 山深いところを行ったので、キノコはいくらでもあった。ただ、食用にできるものは初日のナメコ以外は見つからない。見つかっていたのかもしれないが、携帯したポケット図鑑に掲載されたキノコの種類が少なすぎて、ほとんど同定できない。同定できたのは毒キノコで知られるツキヨダケぐらい。キノコってこんなに種類が多いのか、と自分の無知を痛感する結果となった。
 ただ、食用にする、しないにかかわらず、単純に発見したキノコの種類を調べるだけでも十分に面白い。なにしろ色や形状が多彩で、魅力的なのである。
 なかでも思わずため息がもれたのは、このキノコ。何が素晴らしいかって素敵な形状である。幼稚な私たちは「社会の窓からぶら下げたら警察に捕まるかな」と爆笑した。そして、あまりに形がそそられるため、家で待つ七歳の娘にお土産に持って帰ることにした。娘は夏の知床登山のときもキノコばかりに目が行く〝キノコ娘〟で、夏休みの自由研究でつくった「知床と山ぼうけん」というレポートも、登山報告というよりキノコ図鑑の様相を呈していた。きっと一緒になっておおはしゃぎしてくれるにちがいない、と思ったのである。
 ところが、帰宅して「お土産があるよ」と見せびらかすと、「なに、これ! 気持ち悪い!」と一蹴。
「え、喜んでくれると思ったんだけど……」
「バカじゃないの、早く捨ててよ」
 私のほうがはるかに幼稚であることが明らかとなったのであった。
 調べてみると、このキノコ、ドクツルタケという日本一の猛毒で知られる危険な代物の幼菌だったようだ。私は無知を恥じた。
 翌週も家の裏山で娘とプチキノコ狩りをした。人の出入りが多いせいか、また単純にせまいためか、ほとんどまともなキノコは見つからなかったものの、このときもドクツルタケだけは地表から凛々しく柄をのばし、傘をひらいていた。思わず娘も「すっごいきれいだね。食べちゃいたくなる」と見とれる美しさだった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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