読み物
海豹と村の生活②
更新日:2020/06/24
シオラパルクの各家には海豹(アザラシ)や海象(セイウチ)の肉を吊るすためのフックが天井についている。これは、巨大な肉塊を上からぶらさげてナイフで切ったほうが処理が楽だからである。玄関近くにキッシャホーとよばれる石油ストーブがあり、その近くにこの肉用フックがある家が多いが、このとき私が借りていたアーピラングアという村人の家は、なぜか居間となるべきスペースのほぼど真ん中にフックがついており、私はカガヤから購入した輪紋海豹をそこに吊るさざるをえず、しばらくの間、海豹の死骸のすぐ横で仕事をすることとなった。
フックにつるした海豹は皮をまずはぎ、下に置いたプラスチックの容器に肉や脂を切り落としていく。犬の餌にする場合は十センチ程度に細かくするのだが、なぜ小さくするのかといえば、それは、あまり大きな塊であたえると、食いすぎで吐くときに脂が腹のなかで膨らんで、それが喉につっかえて窒息死することがあるからだそうである。自分の食材として利用する場合は脇腹のあばら骨のまわりの肉が一番美味で、付け根で骨ごと切断してそのまま鍋に放りこんで塩茹でにする。
ちなみに網でとった海豹より脳天を撃ちぬいた海豹のほうが味がいい。というのも、射殺の場合は銃創から血がぬけるが、網漁の場合は腹腔に血がたまり肉もうっ血してしまうからだ。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。