読み物
海豹と村の生活①
更新日:2020/06/10
グリーンランドでもカナダでも海辺のイヌイット村では、海豹(アザラシ)は海象(セイウチ)とならび最大の食料資源である。呼吸するのに開水面を必要とする海象は、冬になり寒さが本格化し、近辺の海が凍結してしまうと獲るのがむずかしくなるが、海豹のほうは海氷のうすい部分に呼吸口をあけて氷の下をおよぎまわっているため狩猟可能である。冬のあいだの海豹猟には呼吸口での待ち伏せ猟(ニッパ)と網猟(カッシュチ)の二種類あり、多くの猟師は、氷点下三十度以下の寒さのなか、身じろぎひとつせず、来るか来ないかわからない獲物を待たなければならないニッパより、網さえしかければ、あとは獲物がかかるまで暖かい家のなかでのんびりできるカッシュチをえらぶ。
この日は、村の目の前のカッシュチで、カガヤという七十をすぎてもまだ毎日猟に出る元気な老人が輪紋海豹(ワモンアザラシ)を回収していた。了解をえて写真をばしゃばしゃ撮っていると、「六百クローネで買わないか」ともちかけられたが、六百はちょっと高いので、四百クローネに値切って購入した。日本円にして七千五百円ほどである。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。