『テクノ封健制』を読む 挿画:藤嶋咲子

第4回

『テクノ封建制』を読む 石田英敬先生インタビュー【後編】

更新日:2025/06/25

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●「農奴」の状態から脱するには

石田 それに加えて、やっぱりリテラシーが足りない。「農奴」の定義とは何でしょうか? 歴史的には、農奴は、文盲の状態におかれていたのですよ。「リテラシー」って、「文字を読み書きする力」です。「農奴」がその身分から脱するために必要なのは、「リテラシー」です。
 特にコンピューター・リテラシーが全然足りていないと思うんです。そもそも、「コンピューターってどうなっているのか?」ということを知っている人が本当に少ない。中を開けてみたこともない。操作はできても、仕組みまでは知らない。そういう人たちは「コンピュータ文盲」なんです。だから、デジタル領主たちに好きなように「農奴」にされてしまうんです。
 昔、といっても、ぼくたちが若かった1960年代半ばですが、ウォズニアックやスティーブ・ジョブズの時代は、自分たちでコンピューターを手作りしていたんですよ。1960年代には、そういったムーブメントが国家主導のスーパーコンピューターの時代への対抗として起こって、パーソナル・コンピューターが「リベレーション(解放)」の象徴だった。
 いまは、子どもたちがプログラミングを少しずつ学べるようになってきていますよね。僕が思うのは、かつて農奴が文盲であったように、いまの農奴化は「コードが読めない」「仕組みがわからない」という意味での「情報的文盲」化なんです。だから、これを変えるためには、もう一度、啓蒙が必要だと。
 ただ単に「メールが打てます」「パソコンが使えます」ではなく、「プログラムってどういう仕組みで動いているのか」「この操作の裏で何が起きているのか」──そういう背景を、少しでも理解できるようになること。それが農奴の状態から解放される第一歩だと思っています。
 さらに言うと、最近ではAIに「こういうプログラムを書いて」と頼むと、ちゃんと生成してくれるじゃないですか。昔みたいにプログラミング言語をひとつずつ覚えてコーディングしなくても済むようになってきた。つまり、技術との関係性を変えられる手段は実はすでに手の中にある。
 それをどう活用するか。それによって、テクノロジーとの関係性も、ただの受け身ではなく、もっと能動的に捉えられるようになる。そうなっていけば、封建制的な構造にも、少しずつ対抗できるようになるんじゃないでしょうか。そこから希望が見えてくるはずです。

著者プロフィール

石田英敬(いしだ・ひでたか)

1953年生まれ。東京大学名誉教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学、パリ第10大学大学院博士課程修了。専門は記号学、メディア論。著書に『現代思想の教科書』(ちくま学芸文庫)、『大人のためのメディア論講義』(ちくま新書)、『新記号論』(ゲンロン、東浩紀との共著)、『記号論講義』(ちくま学芸文庫)、編著書に『フーコー・コレクション』全6巻(ちくま学芸文庫)ほか多数。

関連書籍

『テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。』

ヤニス・バルファキス 著/斎藤幸平 解説/関美和 訳(集英社、2024年)

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