
長野県最北、小さな村でその「存亡」を賭けて取り組む独自の学校作りが進んでいる。今回は統合を目前に控えて行われたふたつのイベント、運動会と文化祭の様子を通じて「子どもが自分たちで決めていく」学校の姿を描き出す。
そして新年度、学校はいよいよ義務教育学校「さかえ小中学校」の開校を迎える……。全村民参加型の学校づくりという、まったく新しい教育プロジェクトを見届ける短期連載の最終回。
第4回
村の存亡を賭けて、学校を作る 長野県栄村の挑戦④
更新日:2026/04/28

栄中学校の桐の葉祭
- 子どもたちが作る、子どもたちの運動会
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2025年5月24日、小中学校合同の運動会は初めて、子どもたちが主役となり、子どもたちの手で作りあげた会となった。
下育郎教育長が興奮冷めやらず、教えてくれた。
「立候補した中学生と小学生の実行委員会の子どもたちが、みんなで話し合って、スローガン、種目や内容などを全部、決めていきました。面白いですよ、まず、赤組も白組もない。赤と白で、対抗したくないって。徒競走もなし。全員リレーです。チームで何周走るか競うものですが、晴大くんだけはチームに入らないで、1人でバトンを持って2周走ったら完走ということにしたのです。晴大くん、みんなから大拍手をもらって2周走って、うれしそうでした。パン食い競争をやりたいって言うので、それもやりました。最後の締めは、地域の方や保護者と一緒に、伝統的な『からす踊り』を、みんなで輪になって踊って。先生たちは仕事がないから、テントの中で、子どもたちの様子を見て、なごやかに笑っているんですよ」 
大拍手のなか完走した晴大くん-
小学校の西澤慎治校長も、驚きを隠さない。
「こういう形は初めてで、子どもたち、ここまでできるんだ、すごいなというのが感想です。運動会の準備運動といえばラジオ体操が定番ですが、子どもたちは体育の授業でやっている鬼ごっこ遊びとか、身体ほぐしの運動を選んだのです。それも、とても自然な流れだと思いました」
新年度が始まる前から準備をする中学生の様子を、池口拓校長もまた見守ってきた。
「運動会は5月なので、年度前から準備した方がいいだろうって、まずは中学生が進めていて、小学生がその後に実行委員に入ったという流れです。子どもたちが種目案を立てて、パソコンに上げたものを、職員が見て、ちょっとアドバイスするようなことはありましたね」
当日は、1時間以上押しの進行となった。2人の校長は天気を睨みながら、ハラハラするばかり。
「ちょっと雨も降ってきて、2人でどうしよう、どうしようって。保護者から次の予定があるとか何か、言われちゃうかなって」
それでも子どもたちに、指示を出すことはしなかった。大人たちは、ひたすら待った。
「これまでだったら練習の時も、遅い子がいたら先生が指示を出しがちなのだけど、それも一切やめましょうねって。中学の教員は一年前の子どもたちの、シーンとした様子を知っていますから、それが生き生きとやるようになっただけでもうれしいんですよ」
下さんも、実にうれしそう。
「こんな楽しい運動会、先生が暇な運動会は初めてでした。運動会の概念が変わったという、先生もいました。こんなに笑っていられる運動会は、初めてだって。自分も今まで、何をしてきたんだろうと思いました」
9月26、27日は中学校の文化祭が予定されている。7月上旬、中学3年の女子3人が職員室に校長と教頭を訪ねてきた。彼女たちは、中学2、3年生全員の意見を集めた文書を持参していた。
「負担が大きくなり過ぎた今回の運動会の経験から、工夫して進めます。時間が限られるのはわかりますが、3年生にとっては最後の文化祭なので、もう少し時間を伸ばして欲しいんです」
彼女たちは時間を伸ばす理由と、負担が大きくならない工夫についても話し合い、きちんとした説明も付け加えた。そこにあるのは、行事を作る主体としての子どもの姿だ。
池口さんから報告を受けた下さんは、目頭が熱くなるのを感じた。
「自ら考え、行動し、責任を持って変えていく子どもの姿がありました。私たちが育てたい、子ども像そのものです」
学校が子どもたちにとって苦しいものになっている今、全く新しい教育が長野県最奥の村から産声をあげた。これは決して、小さな村だからできたことではない。どこだって、やろうと思えば、できることなのだと栄村の“前例”は示している。
これから栄村の子どもたちは、どう成長しいくのだろう。栄村の新しい教育は、どう枝葉を伸ばしていくのだろう。村民と共に、見守らずにはいられない。
- 生徒たちが一から企画した、初めての文化祭
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9月26日、栄中学校の文化祭「桐の葉祭」を、この目で見る幸運に恵まれた。高台にある中学校の体育館には、開場前から多くの保護者がつめかけた。誰の顔にもワクワクしたうれしそうな表情が宿っていて、この日をどれほど楽しみにしていたかを物語る。
来賓席に私の席もありがたく用意され、下育郎教育長と並んで座った。
「開会式」ならぬ「開祭式」では、実行委員長の男子生徒がスローガンと目標を淡々と語る。
「本年度のスローガンは、『飛躍 挑戦しよう! 広がる可能性、深まる繋がり』です。3つの目標に『自分で考え、やり切る』、『地域や仲間とつながる』、『違いを活かして、共に創る』を掲げて全校で活動してきました」
下さんが、「彼は、震災の翌日に生まれた子です」と教えてくれる。ハッとした。来年は長野北部地震から15年の節目に当たるのだ。 
開会の挨拶をする池口さん-
印象的だったのは、校長の池口さんの挨拶にあった、「今年は、前例踏襲を止め」という言葉だった。それは、どういうことなのだろう。運動会が子どもたちの手で作られたのと同様に、今年は文化祭も生徒たちが一から企画し、作り上げていくという初めての試みだということは聞いていた。
「例年は午前中が文化祭、午後が体育祭だったのですが、今年は小学校と一緒の運動会を春に開催したので、文化祭を午前中のみとしたのです。文化祭に費やす時間的には同じなのですが、生徒たちは『半日に減らされちゃった』と思ったのかもしれません。7月の初め頃に、3年生の女子3人が校長室に来て、『もう少し、長くやらせてほしい』という趣旨の、3年生と2年生全員の嘆願書を持ってきたのです」
1年生は文化祭の経験がないので、思いを伝えるのは2年生と3年生にしようと、3年生たちは判断した。その全員が「もっと時間は欲しい」という思いを持っていた。そこで、先述したように女子生徒は、池口さんに訴えた。
「運動会の経験があるので、大丈夫です。今度は負担になりすぎないように、私たち、やれますから」
自分たちの手でやり切った運動会ではあったが、あまりに負担が大きかったことが運動会の反省点でもあった。それを踏まえての嘆願だった。
3日後、池口さんは全生徒を集めて話をした。
「時間を伸ばすのはいいよ。ただし、見る人のことを考えて、無駄にダラダラ長くならないように、自分たちで企画内容をしっかり考えて取り組んでほしい」
生徒たちの要望を受ける形で文化祭は10時半から始まり、給食を挟んで、午後3時まで行うことになった。しかも、今年は全部、生徒たちの企画によるものなのだ。
通常、中学校の文化祭とは学習発表会としての位置付けであり、学習成果の発表の中に、“お楽しみ企画”として生徒会の企画があるという内容だ。全てを学校側が設定し、そのプログラムに沿って発表を行うのが例年のことで、昨年までの栄中学校もその例から漏れることはなかった。
「生徒たちが一から企画した、初めての文化祭です。あくまで生徒主体で、教員たちは任せる、委ねる。そして、生徒のやりたいことを支援するという形で見守ってきました」
生徒たちが作ったプログラムには、イベントが5つ組み込まれた。「音楽班の発表」、「教員VS生徒VS地域の人クイズ対決」、「3年生発表」、「ダンス➕α」、「自作映画鑑賞」と盛り沢山の内容を、7人の3年生が中心となって、全校生徒19名で作り上げるのだ。
「やはり準備が大変で、リハーサルができない事態となりました。そこで3年生全員が『リハーサルをする時間をください。授業を2時間潰してください』と校長室にやってきたのです」
生徒たちは現在の進行状況を説明した上で、これだけの時間がどうしても必要だと、理由を明確に示して訴えた。池口さんは生徒たちにこう言った。
「授業を潰すとなると、1年生と2年生の授業も対象になるのだから、1年生と2年生の了解も取らないと」
3年生はすぐに全校生徒を集めて事情を説明し、1年生と2年生全員の了解を取った上で、学校の許可を得てリハーサルを行った。
いよいよ、本番。保護者や地域住民が見守るステージには、中学生たちの堂々たる姿があった。 
桐の葉祭のプログラム-
サックス2本とフルート2本の演奏が、心にしんと沁み入る。通常の学校なら、吹奏楽のバンドが組めるのにと思う。でも、この4つの楽器が織りなす優しい響きは、尊さというものを胸にまっすぐ伝えてくれた。
そして生徒たちは会場の地域住民を、ただの観客では終わらせなかった。
「今年は、地域の皆さんとクイズ対決をします!」と銘打ち、生徒と教員、地域住民それぞれのグループに分かれ、設問に立ち向かう。しかも、探偵少女たちの寸劇付き。それにしても「栄村の米で『栄村産コシヒカリ』『青倉米』の他に、何の米があるでしょう?」なんてレアすぎる問いは、村外者にわかるわけがない。答えは、「コタキホワイト」。俄然、一度は食べてみたいという欲求が湧き上がる。
京都・奈良への修学旅行を、写真とコントが効いたクイズで紹介した「3年生発表」に、会場は楽しそうな笑いに包まれる。
この日、最も盛り上がったのが「ダンス発表」だった。しかも、ダンスを踊って技術を披露するだけではなく、サスペンス劇を仕立て上げ、盛り上がり度を学年のダンスごとに表示し、満タンになれば悪者を退治できるという仕掛けまで加えた、エンターテイメントだ。会場にペンライトが配られ、同じ校舎で学んでいる小学生も観覧にやってきた。ダンスが始まるや、小学生のちびっ子たちがノリノリで飛び跳ねる。キャアキャア笑ってずっと跳ねている姿は、中学生にはどれほどうれしいことだろう。その感情の交歓に、ジンと来る。 
小学生のちびっ子たちがノリノリで飛び跳ねる-
ラストに持ってきたのは、自主映画だ。出演は全校生徒に、教員。栄中に見立てたある中学校にまつわる“不思議”を検証するために、各学年が立ち向かうというストーリー。脚本から撮影、演技、そして編集と並大抵ではない作業の連続だったろうに、よくここまで作り上げたものだと脱帽だった。
池口さんも、手放しで喜びを語る。
「初めてのことで大変だったと思うけど、子どもたち、ほんと、よくやったなー。ダンスも踊るだけでなく、悪者をやっつける設定にするなんて、子どもならではの発想。大人からは、出てこないですよ。とりわけ、3年生はよくやったと思います。最後の文化祭なので妥協したくない、納得のいくものにしたいという思いをひしひしと感じました」
印象に残ったのは、教員と生徒たちの距離の近さだった。女装して劇に参加した教員もいれば、ランチルームでは生徒と一緒にダンスをする教員の姿もあった。
「教員は、『失敗してもいいからね。先生たち、応援しているよ』と見守ってきました。先生たちは頼まれれば、劇でもダンスでも何でも協力しますよ。これまで積み上げてきた、生徒と教員の信頼関係があってのことですね」
会場では、みんな笑っていた。生徒も、教員も、観客も。なんとあたたかな空間だろう。生徒一人一人が、大切な「村の宝」なのだとはっきり思った。そしてそのかけがえのない宝を大事に見守る大人の姿に、栄村の「新しい学校創り」の揺るがぬ原点を見た。
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- 著者プロフィール
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黒川祥子(くろかわ・しょうこ)
福島県生まれ。ノンフィクション作家。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で第11回開高健ノンフィクション賞受賞。著書に『県立! 再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『心の除染』『8050問題』(集英社文庫)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)など。










