
長野県の最北の小さな村で進む、独自の学校作り。「村の存亡」を賭けて取り組むプロジェクトは、来る義務教育学校「さかえ小中学校」の開校より一足先に、栄中学校の校舎に小学校が同居する形で動き始めていた。
前編で紹介した全村民参加型の学校作りというコンセプトは、校内で「子どもが自分たちで決めていく」姿として具現化している。そこではダウン症の子どもを包摂した、インクルーシブ教育もきめ細やかな形で実践され……。
小さな村の、小さな学校の挑戦。可能性の宝庫とも言える取り組みの姿に迫る。
第3回
村の存亡を賭けて、学校を作る 長野県栄村の挑戦③
更新日:2026/03/04

栄村の玄関口、森宮野原駅-
義務教育学校「さかえ小中学校」は、今年4月に開校予定だが、栄小学校の校舎が改修中のため、昨年4月から栄中学校の校舎に小学校が同居、「義務教育学校」が先取りされる形で展開されている。
ちなみに改修工事の完了は、今年の夏休みを予定している。2026年9月から新たな校舎で、義務教育学校は本格的にスタートするのだ。 
西澤慎治校長(左)と、池口拓校長-
2025年6月、下育郎教育長と一緒に、栄中学校を訪ねた。小学校の西澤慎治校長と、中学校の池口拓校長に迎えられ、校舎を案内していただいた。日差しが差し込む明るい校内は、穏やかなあたたかさに満ちていた。
すれ違う子どもたちが、見ず知らずの闖入者に、まっすぐな眼差しで挨拶をしてくれる。元気一杯の小学生に、恥ずかしそうな中学生。出会う子どもたちの明るい表情が、とても印象的だった。 
マット運動にチャレンジする小学1,2年生-
体育館では10人ほどの小学1、2年生が、マット運動を行っていた。みんなそれぞれ、Tシャツにジャージだったり、短パンだったり、揃いの運動着は着ていない。楽しそうに、思い思いにチャレンジする姿を、若い教員がやさしく見守っている。
小学6年生12人は算数の授業中だったが、教室にいる子が驚くほど少ない。どの子も、好きな場所で課題に取り組んでいるのだ。女子たち4人は相談室のソファーで、女子会状態。パソコンと教科書を開いて、お互いに教え合っている。 
隠れ家のようなスペースで課題に取り組む-
下さんが説明してくれた。
「子どもたちは空いたスペースがあればどこでも、好きなところで勉強しています。教室で、みんな揃って勉強しなくちゃいけないということはありません。パソコン上で、先生も子どもも課題を共有しているので、今、この子はどこをやっているのか、どこに困っているのか、わかるようになっています。『この子、進んでいないな』とわかると、先生は支援が必要かな、となるわけです。ほとんどが個別の声掛けです」
既に現場では、「自学共育」が具体的に実践されていた。
給食はランチルームに小学生47名、中学生19名、そして校長先生はじめ先生たち全員が一堂に会して、みんなで食べる。いろんな「いただきます」が響き合う空間が、心地良い。供されるのは地産地消を意識した、自校調理によるあたたかな食事だ。
私の席の前には、「お客様」のプレート。栄村の美味しいお米に、数種の野菜が入った汁物、メインは厚揚げのそぼろあんかけ、副菜のじゃがいもカレー炒めには、枝豆やにんじんも入って、色鮮やかだ。そして、「長野牛乳」の紙パック。
天井が高く、開放的な空間は、「ハリー・ポッター」の食堂のよう。和気藹々、和やかな雰囲気をしっかりと肌に感じた。 
全校生徒・児童が一堂に会する、給食時間のランチルーム-
見学時、中学3年生は洋画を観ていたが、生徒たちがあまりに真剣で題名を聞くことが躊躇われたので、給食の後、一人の男子生徒に尋ねてみた。
「『ヒトラーの忘れもの』です。ナチスの地雷を、デンマークの海岸で、捕虜の少年兵が除去する話です」
急な問いかけに戸惑い、恥ずかしそうではあったが、私の目を見て丁寧に教えてくれた。池口校長の目が、心なしか潤んでいる。
「彼は人見知りで、最初に私が話しかけた時は、泣いちゃったんですよ。それが今、しっかりと話をしていて、感動しました」
まさか、そんなことだったとは……。学校生活を通じて自分の言葉で話す機会を得、自信をつけたのだろうか。こちらも、泣きそうだ。
- 自ら考え、言葉にしていく子どもたち
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小学生と中学生が同じ校舎で学ぶことについて、中学の池口校長はこう感じている。
「中学生は生徒数も少なく、年齢も相まって静かなおとなしい雰囲気で過ごしていたのですが、小学生が来て、校内が賑やかになって、小学生の影響で少しずつ挨拶もできるようになりました。小学生から、元気をもらっている感じがします」
小学校にとっても、うれしい思いはある。西澤校長からも笑みがこぼれる。
「中学生の子はみんな、栄小出身の子達なので、先生たちにとっても、その後の様子を見られるのはうれしいんです。廊下で会った時に『最近、どうだ? 中学行って、どう?』なんて、先生が子どもたちに声をかけているのをよく見かけます」
その声かけは、恥ずかしがり屋の中学生にとっても、間違いなくうれしいことだ。
「新しい学校」はすでに始まっていることが、西澤校長の話からうかがえる。
「学校のルールや生活のルールも、子どもが自分たちで決めていこうよ、というスタンスで、子どもも教員も今、動いているんです」
そんな中、今日、こんなことがあった。
「6年生が校長室に来て、シャープペンのことで相談があると。通常、小学生は鉛筆で、シャープペンはダメとなっていますが、『シャープペンを使ってもいいんじゃないかという声と、変えない方がいいという、2つの意見が出ているのですが、校長先生はどう思いますか?』って、言ってきたんです。『両方のメリット・デメリットを考えて、みんなで話し合って、それぞれで選択すればいいんじゃないかな』と、子どもたちには伝えました。『じゃあ、みんなで話し合ってみます』って、教室に戻っていきました。私も小学校生活が長いものですから、小学生は鉛筆のみ、という頭だったんです。でも、考えてみれば、確かに、決めつけなくてもいいんじゃないかって思いました」 
中学生と一緒の空間がもたらす効果を日々実感している、西澤校長-
池口校長にも、こんなことがあった。
「今の中学3年生が去年の2月に、『来年度から制服が無くなるので、修学旅行に私服で行っていいですか』って言ってきて、一瞬、考えましたね。でも、やってみようと。『制服で行くか行かないかも、みんなで考えて、みんなが決めれば、どっちでもいいよ』って言いました。子どもたち、一生懸命考えて、1日目と3日目の全体行動は制服を着て、2日目の自由行動は私服で行くと報告してくれました。過度なオシャレをする子がいたらなど心配はあったのですが、実際行ってみたらそんな心配は全くありませんでした」
技術と体育は運動着で、他の授業は制服で受けるという暗黙の“中学ルール”も、「不便だし、時間もないので、変えたいです」という子どもたちの声で、無しにした。
「なんでこうなっているかなんて、説明もちゃんとできないルールだし、衣替えの時期だって、勝手に自分たちで決めればいいってことにしました。子どもたちの発案で、どんどん変えていったという感じです」
池口校長の横で、西澤校長がうなづく。
「私は栄小にきて、地域の人含めて村全体が、『子どもたちが自分たちで作っていく学校だから、子どもたちに委ねようよ』という気持ちでいることをすごく感じました。私にとってもいい学びの場ですし、先生たちにとっても得るものが多いと思うのです」 
池口校長もこの学校で、暗黙の“中学ルール”を見直すことができた
- 学校こそ、インクルーシブの環境を
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特別支援学級の教室で1人、2人の先生と過ごす男の子がいた。晴大くん、小学3年生だ。晴大くんは、ダウン症という障害の下に生まれた。
晴大くんの父、吉田理史さん(42歳)は2016年、夫婦で栄村に移住した。吉田さんは大学で野外教育を専攻し、野外教育のためのNPOを起業。起業した仲間が栄村に住んでいたため、長野県北部地震の後、何かしたいと栄村に通うようになった。そこで出会ったのが、「小滝」地区の樋口正幸さんだ。「新しい学校創り」のワークショップに、祖父の立場で参加されていた方だ。 
夫婦で栄村に移住した吉田理史さん(42歳)-
「樋口さんに出会って、300年後まで続く集落を作るという、情熱とビジョンに圧倒的に魅了されました。ここで子どもを育てたいと、妻と移住を決めました」
2017年に誕生した待望の長男には、障害があった。この子を医療機関から遠い栄村で、育てることができるのか、夫婦は悩み苦しんだ。吉田さんは会合の場で、集落の全員に息子の障害を打ち明けた。
「話をしたら、皆さんが『任せろ!』って、言ってくれて。『俺たちが育てるから、心配するな』って。僕は涙を流して、こういう場所だったら何とかなると思って、ここで育てていこうと決心しました。妻も同じでした」
この地で障害のある子を育てる覚悟を決めた吉田さんは、妻と一緒に障害者支援をはじめ、生活に即した幅広い事業を行う社団法人を立ち上げた。今は地産地消や生活支援コーディネーターなどの仕事を村から受け、村内でも活動している。
晴大くんが学齢期になった時、養護学校か、公立小学校かの選択に直面した。
「下教育長も関わってくれて、『どっちにいくかは親に任せるけれど、学校で足りないものは言ってくれ。学校はできる限りのことを準備するよ』って、年長の頃から何度も話し合いを持ちました。教育長は『彼が公立にきて、それによって子どもたちが学びを得ていく。そういうインクルーシブの教育を、目指して行きたい』って伝えてくれたので、僕も妻も、『息子をテストケースにしてください。息子にとっても周りの友達にとっても、win-winになるような、真のインクルーシブな環境を作ってもらえるとうれしいです』って、栄小を選ぶという意思を伝えました」 
特別支援学級の教室で過ごす晴大くん-
下さんにも、特別な思いがあった。
「障害のレベルとしては重い方なので、村の就学相談委員会の判断は飯山養護学校が適切だと。1年ぐらいかけて、両親とは何回も面接をさせていただいた。最終的に栄小に決められたので、晴大くんには元校長会長だった人を学級担任に充て、ダウン症の子を小学校から中学校まで見た経験のある方を副担任として特別支援学級に付けました。もう1人、晴大くんのための支援員を村で雇いました。支援員は通常は勉強を教えないものですが、晴大くんに関しては普通の学級で子ども達と勉強させたいという願いがあったので、小学校免許がある方にお願いしました。バスで通うので、行き帰りのバスにも支援員をつけましたし、放課後の学童保育も、人員を1人増やしました。これだけの厚い布陣で、教育委員会は晴大くんに人為的配慮を行いました」
給食のランチルームに、晴大くんの姿があった。支援員の先生の介助を受けながら、晴大くんは友達と一緒に食事をしていた。それは特別でも何でもなく、ごく当たり前のことなのだと。

給食の時間、晴大くんはランチルームでみんなと一緒だ-
吉田さんは、晴大くんが学校を楽しんでいることを感じている。
「同級生との関係も、晴大の様子からよくわかります。普通に、やり取りしていますね。時々、喧嘩したりとか。晴大がぷんぷん怒ったりしていると、友達は『それ、やめなよ』、『やだよ』って言ってくれるんです」
小学3年生になり、周りの子にダウン症について正しく伝えた方がいいのか、担任に相談したことがあった。担任はこう言った。
「いや、言う必要はないですよ。子どもたちは変なフィルターを持っていないし、晴大さんの方も当たり前だって捉えているんです。ダウン症という名称を聞いたとしても、『ああ、そうなんだ』ぐらいで、普通にやり取りするだけですよ。身構えてしまうのは、大人だけなんですよ」
吉田さんには、うれしい言葉がある。
「小学校の神田教頭先生が、『晴大くんが楽しい学校が、一番です』って」
吉田さんは下さんが呼びかけたワークショップの常連メンバーであり、下さんに頼まれてファシリテータなどの任務を行うこともある。「自学共育」の理念こそ、野外教育の精神そのものだという確固とした思いが、吉田さんにはあるからだ。
- 著者プロフィール
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黒川祥子(くろかわ・しょうこ)
福島県生まれ。ノンフィクション作家。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で第11回開高健ノンフィクション賞受賞。著書に『県立! 再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『心の除染』『8050問題』(集英社文庫)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)など。










